講義テーマ:人工子宮・人工胎盤の研究開発
早産で出生する赤ちゃんは世界中で1年間に1500万人に達すると推定されています。また、早産によって命を落とす赤ちゃんもたくさんいます。医学や医療が進歩しても、早産の赤ちゃんを救命することには限界があると考えられており、人工子宮・人工胎盤という全く新しい治療ユニットの開発が待たれています。一方で、人工子宮・人工胎盤の研究の歴史はおよそ65年前からスタートしていますが、なかなか実用までには到達していません。今回は我々がおよそ20年弱に渡って行なっている人工子宮・人工胎盤研究の歩みを紹介させて頂くとともに、その実現によってどういったことが可能になるのか一緒に考えたいと思います。

2025年度の東北大学ヘルステックカレッジ 第2回ヘルステック研究会にご登壇いただく、東北大学大学院医学系研究科産科学・胎児病態学分野/周産期医学分野/婦人科学分野 教授の齋藤昌利先生にお話を伺いました。
齋藤先生の研究チームは人工胎盤、人工子宮の研究が最も主要なテーマであり、その実用化に向けて様々な基礎データを取得しています。
もともとは、子宮内の炎症をテーマに、どのような状態で分娩を迎えた赤ちゃんの状態が悪化するのかについて研究されていました。子宮内の環境と赤ちゃんの状態、特に早産の赤ちゃんを何とかしたいという強い思いが研究の原点にあり、人工胎盤の研究はその延長線上にあったとのことです。
当初はサブテーマのような位置づけでしたが、いつの間にかメインテーマとなり、サポートメンバーという立場から、徐々に中心的な役割へと変わっていったそうです。
また、臨床業務に携わる中で、どうしても救命できない種類の赤ちゃんや、救命困難な状態の赤ちゃんがいるという現実があるそうです。
新生児側の治療も徐々に進化し、分娩や妊娠に関する診断・治療も進歩しており、10年、20年という長い時間をかけて、小さな赤ちゃんを救えるようになってきていますが、やはり生物学的、あるいは人間の身体的な限界が存在し、容易には乗り越えられない壁があると感じていらっしゃいます。
そこを何とかしたいという強い思いが、臨床の現場から湧き上がってきた思いが根底にあると感じていて、それが一番大きな動機とのことでした。
現在の研究テーマと融合させた研究
現在の研究テーマが非常に優れた研究基盤であるとのことで、他にも人工胎盤と関連する様々な課題を融合させた研究も進められています。
その1つとして、胎児治療や、出生前ステロイドといった母親に対する治療法の見直しなど、赤ちゃんの治療に関する研究を現在中心に行っています。
もう1つは、マウスを用いたDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)理論の研究です。これは、赤ちゃんがお腹の中にいる時の環境が、出産後から成人期にかけて様々な病気の基礎になるのではないかという仮説に基づき、その検証実験を並行して行っているとのことです。
お腹の中にいる、妊娠中の母親を取り巻く環境、例えば食事、飲酒、喫煙などが胎児に影響を与え、生まれた後の様々な病気の発症や生活習慣病につながるという仮説があり、そうした可能性を検証する実験も行っているとのことでした。
人工羊水の課題
人工胎盤や人工子宮のプロトタイプは、現時点の技術では自力での開発が難しく、企業との共同研究によって開発を進めていらっしゃいます。
一方で、羊水に関しては現在、自らの手で塩酸や硫酸を用いてpHや電解質を調整し、紫外線による滅菌を行うなどして人工羊水を作製・使用している状況です。
そのため、人工羊水と自然の羊水のpHや電解質などを適切に調整できる技術を持つ水関連企業との連携は、非常に有益であると考えていらっしゃいます。
例えば、水にタブレットを投入するだけで必要な成分が自動調整されるような仕組みが実現すれば、研究の現場にとって非常に助かる上、将来的な実用化にも大きく寄与すると期待されています。
参加される方へのメッセージ
最後に先生から皆さまへメッセージをいただきました。
「新聞やネットニュースなどで日本の出生数が時折報道されますが、なかなか自分には関係のないことだと感じている方が多いのではないでしょうか。
出生数の減少は、子供の数が減り、税収が減少する流れとなり、国の将来に繋がる問題です。そうした経済的な側面や社会的な側面から周産期医療の研究を見ていただけると幸いです。
医学的な側面からだけで見ると、何か挑戦的な研究をしているように思われるかもしれませんが、実はその背景には社会的な問題や経済的な問題も存在します。
医療に携わっていない方々、接点がない方々にも、意外と身近な問題として捉えていただきたいのです。社会全体として人口減少や分娩数の減少といった現状を認識し、考えていただきたいという思いがあります。
お産はお母さんから赤ちゃんが普通に元気に生まれるものだと思っている方も多いかもしれませんが、実際には様々な困難に直面しながら医療従事者は取り組んでいます。その現状を知っていただきたいと願っています。」
齋藤先生のご紹介は以上になります。
ヘルステック研究会へのご参加は、以下ボタンのリンク先フォームより申し込みください。
