HTCレターでは、東北大学のヘルステックにまつわるトピックスと、開催したヘルステック研究会についてお届けします。
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 高血圧になりにくい食事パターンが機械学習でわかった
―コホート研究データ解析におけるAIの活用―
疾病リスクを軽減する上で食事は重要です。
しかし、食事といっても調理方法や食行動など様々な因子が関係することから、食事の評価はその複雑さゆえに容易ではありませんでした。
東北大学大学院医工学研究科健康維持増進医工学分野の永富良一(ながとみ りょういち)教授、大学院生李龍飛、大学院医学系研究科の稲田仁非常勤講師、門間陽樹准教授らの研究グループは、協同組合仙台卸商センター組合員男性447名を対象に2008年から2010年まで2年間追跡したコホート研究データから、AIによる食事パターンの分類を試み、高血圧発症リスクとの関連を検討しました。
その結果、「乳製品・野菜」「肉」の二つの食事パターンは、「海産物とアルコール飲料」に比べて高血圧発症リスクが6割以上少ないことを明らかにしました。
小規模なデータからも食事などの複雑な生活行動と健康との関連をAIによる解析により明らかにできることを示した研究であり、今後、さまざまな活用が期待されます。
本研究成果は、2024年2月25日に栄養科学の専門誌European Journal of Nutritionのオンライン版に掲載されました。
(2024年4月4日:大学院医工学研究科 教授 永富良一)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
2.サルの脳に足し算、引き算細胞を発見 足し算は右手、引き算は左手と関連
私たちの生活において数学は欠かせないものであり、コンピューターの普及により我々の文化は目覚ましい発展を遂げてきました。
コンピューターは計算が得意ですが、人間の脳ではそこまで速く正確に計算をすることはできません。私たちは足し算、引き算といった計算をどうやって認識するのでしょうか?
東北大学大学院医学系研究科生体システム生理学分野の虫明 元(むしあけ はじめ)教授、奥山 澄人(おくやま すみと)非常勤講師(兼 将道会総合南東北病院 脳神経外科副部長)らの研究グループは、サルを用いた実験で、脳に足し算、引き算を実行する際に強く反応する細胞があることを世界で初めて発見しました。
これらの大半の細胞は左右の手の運動にも強く関与しており、足し算細胞は右手の運動と、引き算細胞は左手の運動と関連していることが明らかとなりました。このことから計算という抽象的な操作を実行するにあたっては、大脳の手の運動を調節する細胞を再利用(リサイクル)していることが示唆されます。
今回の結果は言語を持たない霊長類においても基本的な足し算、引き算が可能であることを示し、我々がどのように数学を理解するか、そのメカニズムの理解につながる可能性があります。
本研究成果は2024年3月28日午前10時(ロンドン時間、日本時間3月28日(木)午後7時)Scientific Reportsオンライン版に掲載されました。
(2024年3月29日:大学院医学系研究科生体システム生理学分野 教授 虫明元)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3. エピゲノム変化が脂肪のエネルギー消費を促進し肥満を抑制する
-肥満や糖尿病の発症機序解明に期待-
脂肪組織にはいくつかの種類があります。
白色脂肪組織(WAT)はエネルギーの貯蔵や供給を行うのに対し、褐色脂肪組織(BAT)はエネルギーの燃焼に重要なミトコンドリアが多く、熱を生み出す組織として知られています。
個体が寒冷にさらされると、褐色脂肪細胞に似たベージュ脂肪細胞がWATの中に出現し、寒冷への適応を可能にします。
褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞は脂肪を燃焼するため、肥満や糖尿病の治療標的として注目を集めています。
東北大学大学院医学系研究科の酒井寿郎教授らの研究グループは、マウスにおいてエピゲノムの書き換えを行う酵素の活性を欠失させると、WATでミトコンドリア増生が起こらなくなり、ベージュ脂肪細胞が作成されなくなることを明らかにしました。
さらにこのマウスは年を取るにつれて体重が増加し、代謝異常が起きました。またヒトの皮下脂肪のエピゲノム書き換え酵素の発現と肥満度や血中コレステロール値は、負の相関を持つことを明らかにしました。肥満や生活習慣病に対する新たな治療法や予防法への応用につながる成果です。
本研究成果は、科学誌iScienceオンライン版に3月18日に掲載され、4月19日27巻4号に掲載されます。
(2024年3月19日:大学院医学系研究科分子代謝生理学分野 教授 酒井寿郎)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
第12回 ヘルステック研究会 レポート
第12回のHTC研究会は東北大学大学院医学系研究科 公衆衛生学分野 寳澤 篤 教授による講義テーマ「COI東北拠点におけるナトカリ研究について」です。(以下講義より引用)
はじめに
東北大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野の寶澤です。東北メディカル・メガバンク機構予防医学・疫学部門も兼務しております。
今日はCOI東北拠点で行ったナトカリ研究を中心に、皆さんに私の研究について簡単に紹介させていただきます。
まずは、東北メディカルメガバンクのデータから高血圧の規定要因をご紹介し、食事中の塩分野菜バランスを測定できるナトカリ比と血圧の関係についてご紹介します。
最初に私が参画している東北メディカルメガバンク機構設立の経緯からお話しします。
ちょうど3月11日で13年となる東日本大震災を受けて、ここから立ち上がるにあたって東北地方の発展に資する新たな目標として、日本のライフイノベーションをリードする新たな拠点を設定するということで、被災地域住民の中期健康支援はもちろんのこと、医療情報のIT化だったり、若手の医療者を引き付けるようなプロジェクトということで考えました。私が考えたわけじゃないんですけれども(笑)
そこで、大規模ゲノムコホートと複合バイオバンクの形成で個別化予防医療基盤情報が作れるようにと、東北メディカルメガバンク計画が立ち上がりました。
メディカルメガバンク計画そのものは、東北大学と岩手医科大学で一緒にやっています。
いろいろややこしいのですが、東北大学にあるメディカルメガバンク組織が「東北メディカルメガバンク機構」で、岩手医科大学にも別途「いわて東北メディカル・メガバンク機構」というのがございます。
この二つの共同でやらせていただいているというものになります。よく、ToMMoと言われるのは、東北メディカル・メガバンク・オーガニゼーションの略語で、東北大学側の機構を指す名称になります。ここでどんな研究をすすめているのかについてお話いたします。
ToMMoについて
ひとり一人の体に合った予防や医療を実現できるよう、いわゆる一般の方・健常な人々と資料には書いてますが、健常の定義がすごく難しいので、一般の方々に対しての健康調査で多様なデータをとらせていただいてます。
それを追跡することでいろんな病気について追いかけられる「コホート」という研究をやっています。
そのコホート研究で収集したデータを私たちだけでなく、全国の研究者あるいは産業界の方々にも使っていただこうと、バイオバンク化してデータの分譲を進めているところになります。
こういった病気になる前の方を調査している研究の強みは、病気になる前の病気が分かるということです。
ご存じの通り、病気になると生活習慣が変わりますので、結局その生活習慣が病気によって変わったものなのかどうかわかりません。
病気になる前の生活習慣を追っかけていくことは、実際生活習慣と病気の関係をより正しく評価できることになります。そういったコホート調査は現在も継続中であります。
コホートには、地域住民コホートと三世代コホートと2種類あります。
いわゆる一般成人を対象とした地域住民コホート8万人以上と、妊婦さんを起点として子世代親世代祖父母世代の三世代で7万規模で集まっていただき、あわせて15万人以上の方に協力を頂くことができまして、この情報をバンクにいれております。
ナトカリ比と血圧について
今日は最初にナトカリの話をしますので血圧との関係について報告します。
宮城と岩手のデータを合わせて分析したものになりますが、東北メディカルメガバンクの対象者で年齢が上がるほど、収縮期血圧が上がっていくというさまがよく見えて、BMI数値も上がるほど、血圧が上がっていくさまも明瞭に見えています。
飲酒に関しては、1合以上飲んでいると血圧がかなりくっきりと上がってくるというデータが見えてます。また肝機能の一種であるγGTPが、有意差をもって関連しているということで、よく数値が50を超えると問題だと言いますが、25を超えたあたりから確実に血圧に影響を与えていることがわかります。
こういった既存のリスクファクターと合わせて塩分摂取量がどうなっているか。
推定の24時間の塩分摂取量で、随時尿から計算された計算式で作った推定塩分排出量では、24時間排泄量が上がれば上がるほど血圧が上がっていくさまが見えてます。
またカリウムでは、野菜を食べたり牛乳を飲んだりもそうなんですけれど、カリウムの排泄量が多い方、要するに野菜を多く食べてるという方々については血圧が下がってくるというさまが見えてます。
塩をとると血圧があがり、野菜を食べると血圧が下がるというのは昔から言われている話ではありますが、これが今回の私たち東北メディカルメガバンクの分析でも見える形で紹介できたと思っています。
ナトカリ比は、ナトリウムとカリウムのバランスを見比べたものになりますけれど、この「塩÷野菜」では分母がカリウムになると、当然塩分が多いと血圧が上がり野菜が増えると血圧が下がります。この比が高ければ高いほど血圧が上がるという風なデータになり、塩や野菜の関係がくっきり見えてきました。
実際に、塩分摂取の多い人は血圧が上がったり、野菜多く取っている人は血圧が下がったりということで、食事を変えたときにどうなるかについて2001年の論文で、実験的な研究がされてました。
一般の方々を2群に分けて、それをさらに3郡に分けて、DASH食といういわゆる健康にいい食事、野菜を多くふくむものを食べることにプラスして、食塩摂取量を高中低と分けて分析しました。
高い群・中くらいの群・低い群でそれぞれDASH食を食べると血圧下がる、つまりカリウムの多い食事をとると血圧が下がるということが分かりますし、同じ通常食・同じDASH食でも塩分量によって血圧が下がってくるということで、ナトリウムの効果もカリウムの効果もあり、ナトカリ比を変えれば血圧がさがるということはすでに紹介されていてよく分かっていたことではあります。
では、なぜ今更こんなことをやっているか。それは、ナトカリ比というものが測れるようになったからなんですね。以前は検査会社に持ち帰って推定式から計算する必要があったんですが、開発した測定機器を使って、一滴垂らすと数字が出てくるということが分かりました。
この機械を使って何ができるか、ということが、前のCOI東北拠点での研究テーマになりました。
いろいろな経緯があるので、講義でお話しはしていきますが、このナトカリ計を使った研究はもともとオムロンヘルスケアと東北メディカルメガバンクとで検討していました。
しかし、実際にこれを社会に持ち込んだらどうなるかということをCOI東北拠点でやらせていただいたという経緯になります。(後略)
アジェンダ
- 東北メディカル・メガバンク計画から見えてきた高血圧の規定要因
- 簡易な食事中の塩分/野菜バランスナトカリ比と血圧の関連
- 尿ナトカリ比測定を特定健診に持ち込んで見えてきたこと
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)