HEALTH TEC LETTER vol.9|NEWSTOPICS・中澤 徹 教授 研究会レポート

東北大学ヘルステックカレッジ > LETTER > HEALTH TEC LETTER vol.9|NEWSTOPICS・中澤 徹 教授 研究会レポート

HTCレターでは、東北大学のヘルステックにまつわるトピックスと、開催したヘルステック研究会についてお届けします。

東北大学 ヘルステックTOPICS

1. 神経の活性化によりインスリン産生細胞を再生 ‐マウス糖尿病の治療に成功‐

HTレター9 PH

多くの糖尿病は、血糖値を下げるホルモン(インスリン)を産生する唯一の細胞である膵臓のβ細胞(注1)が減少することで血糖値が上昇し発症します。このβ細胞を体内で増やす治療法が世界中で求められていますが、現在のところ開発されていません。

東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の今井淳太准教授、川名洋平助教、片桐秀樹教授らのグループは、マウスにおいて、脳と膵臓をつなぐ自律神経の一種である迷走神経(注2)(膵臓迷走神経)を刺激することで、体の中でβ細胞を増やすことが可能であることを世界で初めて発見しました。本研究ではオプトジェネティクスという手法を用い、光によって膵臓迷走神経を刺激する方法(注3)を開発しました。さらに、インスリンが減って糖尿病を発症しているマウスの膵臓迷走神経をこの方法を用いて刺激することで、β細胞を再生し、マウス糖尿病を治療することにも成功しました。この成果により、膵臓迷走神経刺激によってβ細胞を増やすという糖尿病の根本的な予防・治療法の開発につながることが大いに期待されます。また、β細胞の数や働きを調節する仕組みや糖尿病発症のメカニズムの解明も進むものと考えられます。

本研究成果は、2023年11月9日午後4時(ロンドン時間、日本時間11月10日午前1時)Nature Biomedical Engineering誌に掲載されました。

【用語解説】
注1. β細胞:血糖値を下げるホルモンであるインスリンを作る体内唯一の細胞。ランゲルハンス島といわれる膵臓の中にある多くの島状の部位に集まって存在する。食事に応じ、インスリンを血中に放出(分泌)する働きにより、食前は血糖値が下がりすぎず、食後の血糖値の上昇を抑えることができる。このβ細胞の働きが悪くなったり、数が減ったりすることで、糖尿病が発症することが知られている。
注2.迷走神経:脳から心臓や肺、腹部内臓などの末梢器官に情報を伝達する自律神経の一種。自律神経は交感神経と副交感神経に分類され、迷走神経は副交感神経の一種。心拍数や血圧を低下させる、消化管の運動を促すなどの働きがある。
注3. 光によって膵臓迷走神経を刺激する方法:本研究ではオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼ばれる「青い光を当てると神経が活性化される」という手法を活用している。まず、迷走神経に青い光を当てるとその神経が活性化するように遺伝子改変されたマウスを作製した。次に、近赤外光が当たると青い光を発する物質(ランタノイド粒子)をそのマウスの膵臓に留置した。近赤外光は体を透過する光であり、体外から近赤外光を当てた時だけ、膵臓が青く光り、膵臓迷走神経が活性化する(図2)。この独自の手法の開発により、生きたマウスに対し、意図したタイミングで膵臓につながる迷走神経だけを刺激することが可能となった。

(2023年11月10日:大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野 准教授 今井淳太)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

2. 脂質代謝や炎症反応に関わるタンパク質の構造を解明 ~副作用の少ない新薬の開発の糸口に~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士研究員 朴在鉉さん、博士後期課程3年 石本直偉士さん、朴三用教授らの研究グループは、同大学院生命医科学研究科 池口満徳教授、浴本亨助教、東北大学大学院薬学研究科 井上飛鳥教授らとの共同研究により、脂質代謝異常症や炎症性疾患の薬として用いられるニコチン酸(ナイアシン)を含む3種の既存薬剤とその作用標的となるヒドロキシカルボン酸受容体2(HCAR2)とGiタンパク質三量体(注1)の複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析(注2)により明らかにしました。

本研究成果は、体内での脂質代謝や炎症反応の知見を深めるとともに、既存薬の副作用として問題となっている顔面紅潮(注3)の原因の理解と、副作用の少ない新しい治療薬の開発に貢献することが期待されます。

 本研究成果は、「Nature Communications」に掲載されました。

【用語解説】
注1. Giタンパク質三量体:Gタンパク質三量体はαβγの3つのサブユニットから構成されている。中でもGαサブユニットは複数(i, s, q, 12/13)の種類が存在しており、Gαサブユニットの種類によって細胞内で起こる反応が異なる。Gαiサブユニットはアデニル酸シクラーゼを抑制することで細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMPの濃度を低下させる。
注2. クライオ電子顕微鏡単粒子解析:タンパク質の立体構造を明らかにする手法の一つ。生体分子をマイナス180 ºC近い極低温状態の氷の中に包埋し、その状態で電子顕微鏡により観測する。観測した生体分子の粒子像を大量に撮影し、得られた数十万の粒子像から3次元に再構成することで立体構造を明らかにする手法のこと。
注3. 顔面紅潮(がんめんこうちょう):様々な要因により顔の血管が拡張し、顔面が赤くなる症状を示す。

(2023年11月10日:薬学研究科 分子細胞生化学分野教授 井上飛鳥)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

3. ケンカのゆくえはグリアしだい 小脳グリア細胞が攻撃行動制御に果たす役割を解明

【発表のポイント】

  • 動物の社会行動(注1)の一端は、小脳(注2)のグリア細胞(注3)の活動によって調整されることが示されました。
  • 2匹の雄マウスを一緒にすると10秒程度のケンカ(注4)が約1分おきに生じます。
  • 小脳に刺入した光ファイバーを用いて脳内環境を光計測(注5)したところ、ケンカの優勢・劣勢に連動してグリア活動が変化することが示されました。
  • 小脳のグリア細胞を光で活性化する(注6)とシータ波(注7)が生まれ、ケンカ解散までの時間が早くなることが示されました。
  • 小脳グリア細胞活動を機能操作することで、過度な攻撃衝動を抑えられる可能性が示唆されました。

近年、動物やヒトの社会性の行動に小脳が影響を与えていることが示唆されてきました。東北大学大学院生命科学研究科の淺野雄輝大学院生(日本学術振興会特別研究員)、松井広教授らのグループは、雄マウス2匹を同じケージに入れた時に勃発するケンカに注目し、小脳の活動を解析しました。ケンカ解散時、小脳で特有の神経活動が生じ、シータ波の局所フィールド電位(注8)が記録されました。また、光遺伝学を用いて小脳グリア細胞を光刺激すると、小脳でシータ波が生じるとともに、ケンカ解散までの時間が短くなることが明らかになりました。さらに、ケンカが優勢・劣勢になると小脳グリア細胞内のカルシウム濃度が減少・増加したため、小脳グリア細胞は、マウスの攻撃性を調整するボリュームの役割を果たすことが示唆されました。マウスもヒトも集団で暮らすからには、円滑な社会生活を営むことが望まれます。過度な攻撃衝動を制御するには小脳グリアの働きを理解することが有用と思われます。

本研究成果は2023年11月29日付で著者校正版が脳科学分野の専門誌Neuroscience Researchに掲載されました。DOI:doi.org/10.1016/j.neures.2023.11.008

【用語解説】
注1. 社会行動: マウスもヒトも集団で暮らす場面が多いため、同じ種の間での社会性をともなう行動をすることが知られています。同腹で一緒に飼育された兄弟ではない見知らぬ雄マウス同士の場合、同じケージに入れるとケンカに至ることが多いことが観察されています。
注2. 小脳: 大脳の尾側、脳幹の背側に位置し、脳全体の神経細胞の約半分が存在することが知られています。
注3. グリア細胞: 脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。さらに、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも次々と明らかにされてきており、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まってきています。
注4. ケンカ: オス同士のマウスを同じケージに入れると、お互いに攻撃行動が引き起こされることが知られています。攻撃行動の優勢と劣勢は、ビデオ解析によって、比較的容易に区別することができます。優勢のマウスは、劣勢のマウスの陰部に向って攻撃することが多く、劣勢のマウスは、優勢のマウスから逃げる行動をするため、背後から陰部を攻撃されることが多くなります。
注5. 光計測: 脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。
注6. 光で活性化: クラミドモナスという藻に発現する光感受性の膜タンパク質でチャネルロドプシン2(ChR2)と呼ばれるものがあります。ChR2遺伝子を、マウスの脳の特定の細胞で発現するように組み込むと、その細胞でChR2が発現されます。光ファイバーなどを使って、生きているマウスの脳を局所的に光照射すると、ChR2を発現する細胞だけが刺激されて興奮します。このように、光を使って特定の細胞の機能を操作する手法をオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼び、開発当初はChR2を神経細胞に発現する方法が主に用いられてきました。今回の実験では、ChR2をグリア細胞のうち、アストロサイトに発現させています。また、当初、ChR2は光感受性の非選択的陽イオンチャネルと捉えられてきましたが、このChR2は水素イオン(H+)を良く通すため、当研究室では、細胞内を人為的に酸性化するツールとして使っています。グリア細胞の酸性化が引き金となって、グリア細胞からグルタミン酸等の伝達物質が放出されることが示されてきました。
注7. シータ波: 多くの脳神経細胞の電気的な活動が電極まで伝わって記録されるものを脳波、もしくは、局所フィールド電位と呼びます。脳波の周波数を解析することで、睡眠や覚醒、てんかん等の脳病態等に相関するいくつかの脳状態を高精度に測定し、診断をすることができることが知られています。今回、小脳に挿入した電極から記録される局所フィールド電位の波形に含まれる4-6 Hzの周波数成分に注目しました。この周波数成分は、シータ波と呼ばれます。
注8. 局所フィールド電位: 本研究では、近接する2本の電極を小脳に挿入し、このふたつの電極間の電位差を増幅することで、小脳での局所フィールド電位を記録しました。局所フィールド電位では、小脳の電極近傍の多くの脳神経細胞の電気的な活動による影響が合わさったものが記録されているため、個々の神経細胞の活動は計測されません。電極近傍での神経の集合的な活動状態を知るひとつの指標として用いられています。

(2023年12月7日:生命科学研究科 教授 松井広)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

第9回 ヘルステック研究会 レポート

第9回のHTC研究会は、東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 眼科学分野、東北大学COI-NEXT「VISION TO CONNECT」拠点 プロジェクトリーダー、中澤 徹 教授による 『「みえる」から始まる、社会の行動変容を促す仕組み開発』です。(以下講義より引用)

東北大学 眼科の中澤です。また、COI-nextの拠点長をしております。

前回、檜森先生が緑内障について、また睡眠時無呼吸症候群との重要な関係、また酸化ストレスについてのキーワードなどいろいろお話しされたと聞いてます。今日はそのあたりにはふれずに進めていきますが、質疑の部分では遠慮なく色々質問いただければと思いますので、よろしくお願いいたします。

昨年度10月に『「みえる」からはじまる、人のつながりと自己実現を支えるエンパワーメント社会共創拠点』を作りまして活動をしております。略称は「VISION TO CONNECT拠点」ということで、私が拠点長を務めておりますが、本当に多くの方にサポートいただきながら、ほぼ皆フラットにそれぞれが自分のテーマとして、自分事として前向きに進めるようなチームができていて、非常に素晴らしいと思っています。

『「みえる」からはじまる全体構想』について

まず『「みえる」からはじまる全体構想』ということで、なぜこのようなネーミングで活動しているかについて話を進めさせていただきます。COI-NEXT 紹介動画で大きく概要をご覧いただきます。

Vision to Connect 拠点 プロモーション動画

ご覧いただいた形で、市民や患者さんなど200名ほどのいろいろな立場の方々と一緒に、未来のありたい社会像と議論した結果、「誰もが人生のどのステージでも、共に暮らし、働き、遊べることで、主体的に生き生きと暮らせる社会」を目指したいというのが、我々拠点のビジョンとなっています。この方向に向かって進むということで、皆が仲間になって活動しています。では、このような世界を達成するために、どのようなターゲットを設定して解決していくのか。

ビジョン達成のためのターゲット設定

大きくは、社会課題・医療課題・自分課題があると、我々は考えています。
社会課題については、身体機能の差または低下によるコミュニティとの分断が、便利になった世の中で余計に起こるという現象があります。そこに関しましては、ターゲット1として「できない」を「できる」にする情報格差ゼロ社会の設定、インクルーシブ・ユニバーサルな社会への変容を目指していきたいと考えています。

インクルーシブ・ユニバーサルな社会とは

今回は視覚障がい者をひとつのターゲットに、テクノロジーで「みえる」から自立できるという環境を作りたいと思っています。そして、そこから得たヒントをユニバーサルデザインにして、例えば加齢による目の機能低下に適応して、ビジネスとして成立させる方向で、インクルーシブ・ユニバーサルな社会の変容を目指します。

未来をなおすヘルスケア

二つ目のターゲットは、我々医療人としてよく経験することではありますが、早期発見・早期介入ができなかったことへの後悔を、外来で患者さんと寄り添いながらともに心を痛めております。
ターゲット2としては、目から全身の健康を管理する「未来をなおすヘルスケア」の確立です。つまり我々が目指すのは、将来自分がなる病気を理解しつつ自分がどういう状況にいて、どのようなエビデンスのあるヘルスケアをすると、将来発症するのを遅らせることができるのか。そういうことが自分で分かるような社会を作っていきたい。つまり後悔しない、積極的なヘルスケアができるような仕組みを社会に実装していきたいというのが、このターゲット2となります。

ここで目指すペルソナとしては、健常人になります。QOLを大きく低下させるような病気のリスクの見える化で、自分から積極的に予防できるというのが二つ目のターゲットとなっています。

行動変容に必要なことが「みえる」仕掛けづくり

3つ目のターゲットは、自分課題になります。加齢によって自らいろんなチャンスを積極的に拾っていかなくなるような社会では、どの世代においてもワクワクするような自己実現は難しいです。自分の思い込みによる行動制限を何とかなくすような社会、つまり身体機能が低下してきたり、人とのコミュニケーションができなくなってくるようなことで、せっかくの機会を失っていることがあります。

そのような状況でも、主体的に行動変容を起こすような仕掛けを社会実装していきたい、これがターゲットの3番目となっています。つまり、行動変容に必要なことが「みえる」から自ら変われる、これがターゲット3ということです。

3つの「みえる」からできること

我々の拠点は「みえる」という3つのキーワードが共通してまして、目が見えるだけでなく、こうして自分がやることを見通せるまで、いろんなことを意味に含めて「みえる」からはじまる技術によるエンパワーメントで人のつながりと自己実現を達成できるような社会を作る、そういうターゲットを設置し、研究を進めていきたいと考えています。

今日の内容

「みえる」からはじまる全体構想

  • 我々が扱う視覚の3つの大切さ
  • 視覚とwel-beingの直接的な関連
  • ヒトは毛細血管から老いる
  • 世代を超えた眼の必要性
  • 必ず訪れる超高齢社会と眼科患者増加
  • 高齢者における通院の原因疾患
  • なぜ今、このような社会を目指す必要があるのか
  • 視覚を脅かす課題
    ①2050年には世界人口の半数が近視に
    ②最近目が疲れていませんか?

 各研究開発課題の進捗

  • ターゲットに対する各研究開発課題の位置付け
  • 各研究開発課題の結びつき
  • 未来型健診の実現に向けて
  • 本拠点の研究開発力の強み
  • 疾患ヘルスケアコホートセンター運用開始
  • 眼底検査が認知症の判定に有用
  • 出口を見据えたAIアルゴリズム開発
  • 失明に至る眼疾患の早期発見と予防へ向けて
  • 共創の場からビジョン達成へのロードマップ
  • 社会課題:緑内障患者の9割が通院していない!超えるべき3つの壁
    ①認知度の壁
    ②行動変容の壁
    ③気付きの壁
  • 検査装置の社会実装における価格と薬事・規制対応の戦略
  • 誰も後悔させない視機能維持の仕組み開発
  • eスポーツによる目のトレーニング

 産学官共創システム構築と持続可能性

  • 「共創」を生み出す運営体制の構築
  • 社会実装を目指すうえでのBUBの重要性(事例)
  • BUB成功事例
  • 地域連携進展による研究開発基盤の構築
  • BUBの設立スキームの整備
  • 持続可能な拠点形成

(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)

PARTICIPATION
参加方法