“HEALTH TEC LETTER”とは?
東北大学ヘルステックカレッジの活動内容や幸福な健康社会の実現に向けて行われている東北大学の研究やさまざまな取り組みについて、最新情報をお届けします。
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 人の意思決定は眼球運動に現れることを発見 ─ 心の可視化に近づく成果 ─
意思決定は自らの判断を決定することであり、人間の行動にとって不可欠な認知プロセスです。このプロセスの可視化は意思決定を理解する上で重要です。
意思決定の可視化により、人が次に何をしようとしているか、何を考えているかを先読みして対策を講じることができ、例えば、メンタルケア支援、認知症ケア支援、犯罪予防などに役立つと考えられます。しかし、どうすれば意思決定を可視化できるかは大きな課題となっています。
通常は形成された意思決定に基づいて運動行為が計画され実行されます。そのため従来の研究では、意思決定と関連のない運動行為は意思決定の影響を受けないと考えられていました。
東北大学大学院情報科学研究科の松宮一道教授の研究グループは、意思決定が、その意思決定と関連のない運動行為(実際には、眼球運動と手の到達運動)にどのような影響を与えるのかを研究しました。その結果、今回の実験対象のうち眼球運動が意思決定の影響を受けることを明らかにしました。本成果は、眼球運動から目に見えない心の中の意思を推定できる可能性を示しています。
本成果は、2023 年 8 月 30 日に国際学術誌 Communications Biology にオンライン掲載されました。(2023年8月31日:大学院情報科学研究科 教授 松宮一道)
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2. ハブ毒から得た酵素によりアミロイド β を分解 ~アルツハイマー病治療法開発への貢献に期待~
ハブが進化の過程で獲得した多様な毒成分の主要な成分は、蛇毒メタロプロテアーゼ(snake venom metalloproteinases, SVMPs)というタンパク質分解酵素です。SVMPsは、ヒトに存在するADAMs (a disintegrin and metalloproteinases)ファミリータンパク質と共通の祖先に由来します。
東北大学大学院農学研究科の二井勇人准教授と小川智久教授のグループは、ADAMsがアルツハイマー病の原因となるアミロイドβ(Aβ)の生成を抑制するプロテアーゼとして知られていることから、SVMPsの医療応用の可能性を探りました。
本研究グループは東北大学学際科学フロンティア研究所佐藤伸一助教、東京大学大学院薬学研究科富田泰輔教授との共同研究により、SVMPsがヒト細胞からのAβ生産を大幅に減少させることを明らかにし、有毒なAβを短いペプチド(p3)に変換する切断部位を特定しました。さらに、試験管内でAβのアミロイド線維を生成させる実験から、SVMPsはアミロイド線維を分解しないものの、アミロイド線維の生成を抑制することも明らかにしました。今後の研究によって、Aβ分解プロテアーゼを用いた治療法の開発に役立つことが期待されます。
本研究成果は、日本時間2023年8月12日に科学雑誌Toxinsに掲載されました。(2023年7月6日:大学院農学研究科 准教授 二井 勇人/教授 小川 智久)
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3. 超硫黄分子によるウイルスと慢性肺疾患の制御法を開発 ミラクル分子・超硫黄による病気のコントロールで未来型呼気医療を展開へ
新型コロナウイルスやインフルエンザ感染症および慢性難治性肺疾患(COPDや肺線維症)などの病態解明、高精度な診断、病期・病状の評価、重症化のリスク判定、予後・合併症の予測と診断、予防・治療薬の開発は喫緊の課題です。
東北大学大学院医学系研究科環境医学分野の赤池孝章教授らの研究グループは、マウスを用いて超硫黄分子が新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染症に対して強力な感染防御能を有し、難治性炎症性肺疾患であるCOPD・肺気腫・特発性肺線維症などの予防・治療効果を明らかにしました。
また、株式会社島津製作所との共同研究により、自然に吐く息(呼気)を用いた無侵襲呼気オミックス解析法を開発し、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染症の高精度な診断法を確立しました。今後、呼気オミックスを、心血管・肺疾患、生活習慣病、動脈硬化、糖尿病などの代謝性疾患やがんなどの診断、健康管理、未病予防の遠隔医療などに展開し、未来型呼気医療の確立を目指します。
本研究成果は2023年7月25日付けで国際学術誌Nature Communicationsに掲載されました。(2023年8月 4日:大学院医学系研究科環境医学分野 教授 赤池 孝章)
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第5回 ヘルステック研究会 レポート
第5回のHTC研究会は、東北大学加齢医学研究所 脳科学研究部門、東北大学大学院 情報科学研究科 人間社会情報科学専攻、東北大学大学院 医学系研究科 医科学専攻 加齢脳科学講座、細田千尋 准教授による 「脳科学と情報科学から考えるウェルビーイングな学び」、東北大学ナレッジキャスト株式会社 医療機器等開発支援グループ シニアコンサルタント 鈴木友人 講師による「医療機器と規制について」。このレポートでは細田先生の講義についてご紹介します。(以下講義より引用)
研究テーマについて
「脳科学と情報科学から考えるウェルビーイングな学びの実現」ということでお話しさせていただきます。脳科学で分かってること、脳科学で使う手法、あるいは心理学で使う手法をさらに情報科学の観点から分析してみると、どんなことが分かるのか、というのが私自身の研究の大きなテーマになっています。
テーマの内容自体は、例えば、学習や学びを続けること、社会人では勤労に対してどれだけ勤勉に仕事をやっていけるか。そういった比較的身近なことをテーマにしながら、いかにそれを科学に落とし込むかをメインに研究しています。
テーマが身近なこともあり、メディアでも取り上げていただいています。また、内閣府が取り組むムーンショット目標9では「Child Care Commons」研究のプロジェクトマネージャーをさせていただいております。本日の「ウェルビーイングな学び」と少し外れてしまうのですけれども、講義の最後にこの内容を紹介させていただきたいと思いますので、「こんな観点があるよ」「共同研究ができるよ」という方々がいらっしゃいましたら、ぜひお声がけいただければと思います。
都市伝説「男脳・女脳」
私自身、もとは脳科学が専門です。皆さんの意識の中にある脳科学にまつわるもので、これは単なる都市伝説であることを、啓蒙のためにも、はじめにお話しさせていただきます。
「男脳・女脳」という話題があります。また書籍として「男脳・女脳」という内容のものがあって、ベストセラーになったものもありますが、2023年現在、男脳・女脳というものは存在しないというのが、神経科学の中ではコンセンサスになっています。
つまり、男女を決めるような脳はないということです。
ではなぜ男脳・女脳という話が出てきたのか。それは、以前『サイエンス』という雑誌に、それに準じた研究について掲載されたのがきっかけでした。脳には脳梁という、右脳と左脳をつないでいるものが真ん中にあります。この脳梁に男女差があり、女性の脳梁の方が大きいため右脳左脳の連携は女性の方がうまくいく、というような内容が発表されました。
そのようなことから、右脳と左脳のつながりがよくなるから左脳だけで処理しているようなこと、例えばロジカルシンキングは男性の方が強いとか、両方が必要な言語能力は女性の方が高い、というような話が出てきました。
最近の研究では、脳梁の大きさ自体に男女差があるということ自体が、否定されています。このサイエンスに出た論文では被検者の数が圧倒的に少なかったことと、機械を使って脳を外から見る技術が進歩したことで、今、脳の構造で男女差はありませんよというのがコンセンサスになっています。
「脳に差はない」と今申し上げましたが、もう少しだけ申し上げると、脳の構造研究をしているほとんどの人が現場感覚として、差があるんですね。手で例えると、手の大きさ、あるいは手の在り方で、何となく見てて「これは男の人の手だな」「女の人の手だな」というようなことがあります。実は脳の形自体には、男の人の脳っぽい、女の人の脳っぽいというのがあるんです。
私たちの研究室でも1000近い脳のデータを持っていますが、男か女かをAIに判別させるとかなり高い確率で性別を判別することができます。けれどもそれと結びつく機能というものはありません。
つまり男の人だからロジカルシンキングが得意、女の人だから言語が得意というような、機能と結びついた特性というのはない。そういう意味での男脳・女脳はありませんというのが、現在のコンセンサスです。
ジェンダーステレオタイプ
そこに付随した話でジェンダーステレオタイプというものがあります。「男の子の方が理系が得意だよね」「女の子の方が文系が得意だよね」という話題が小さいころからあります。だけどそれは脳が違うからとか、もともとのスペックが男女で違いがあるからということではなく、ジェンダーステレオタイプがあるから、ということです。
周りが「男の子だから理系頑張ろうよ」「女の子だから〇〇が得意だよね」という意識で、子育てや教育に携わっていると、結果としてそうなってしまう。「素質が違うから」ではなく、「周りの意識」というものが、知らないうちに影響を及ぼして、差として生まれてしまうということがあります。
実際に、IEA国際数学・理科教育動向調査の数学得点の男女差において、昔はそういった影響が大きかったんじゃないかという話がありますが、近年においては差がなくなっています。それは心理学の世界でも証明されていますが、ステレオタイプにより、実際には「ない」はずの差が「ある」と思って接しているだけで差が生まれてしまうということが分かっています。
男だから女だからというのは一つの代表例ですが、何かしらの分断を生むようなところに脳というものを利用するのは、いい流れではないと思っています。ということで、まずイントロダクション的に脳の話としてご紹介させていただきました。
ウェルビーイング
ここからが本題になるんですが、なぜ「ウェルビーイングと脳」なのか?あるいは「教育とウェルビーイング」ってどういう関係があるのか。そもそも「ウェルビーイング」についても、いろいろな考え方があります。その中でよく使われるものとして「多面的モデル」というものがあります。これはウェルビーイングというはこの5つから成り立ってますよというのを示しているものになります。
Well-beingの多面的モデル(PERMA-Profiler)
- ポジティブエモーション Positive Emotion:ポジティブに考えること、ポジティブな情動
- エンゲージメント Engagement:そこに携わるということ
- リレーションシップ Relationship:関係性
- ミーニング Meaning:それにどれだけ意義を見出せるか
- アコンプリッシュメント Accomplishment:達成できるかどうか
これが実は教育や学びとも深く関わっています。私の言う教育は、学校教育だけでなく生涯学習も含みます。基本的に人は学び続ける生き物だと考えたときの教育です。
どんな能力・学びというのも頑張る必要があるためエンゲージする必要がある、かつそこに意義を見出していて、達成するということがひとつのループ/流れとしてできる。これが「学ぶ」という行為において理想なわけです。
実は「学ぶ」ということは、その人のウェルビーイングにも深く影響する行為であることが、ここからも見て取れるのではないでしょうか。実際にたった一つ成功する、あるいはたった一つ失敗するということが、生活全般の意欲と社会的な成功につながるということは古くから言われています。
具体的には、小学生の運動会において、走るのが苦手・逆上がりができない、たったそれだけのことで学校に行きたくなくなってしまう。逆にたった一つ得意なことがあるだけで意気揚々と学校行ける。社会人になっても一緒で、実は意外とたった一つのことというのが、生活全般での意欲までに結びついている経験は想像がしやすいのではないでしょうか。
私たちの研究が何を目指しているか。
従来、多様な人がいる中で、トレーニングシステム、トレーニングの在り方は、パーソナライズされてません。これがいいというものを、みんながやりましょうという風になっています。そうなると、そこに合う人は継続できて効果が出てきますが、一方で継続できない、そのやり方に合わないため継続できず効果がない人たちも、ある一定数出てきます。
こういうやり方が合わない人たちに何が起こるか。結局自主的にエンゲージできなくなり、やり方が合わない、あるいは途中で分からなくなった、というところで出来なくなってくるわけです。そうすると当然、自己効力感が低下し、全般的意欲の低下、つまりはWell-beingの低下というのが起こってきます。これが、例えば早期離職みたいなことにも含まれたりと、社会的な損失が非常に大きいです。
小さい子どもたちのことを考えると、学校で何かできないことがあったということで、非行行動だったり望まない妊娠だったりというのが一気に増加することが、海外の研究でもずいぶん前から言われています。国内の研究でもかなりそういう傾向が出てきています。
多様な人たちがいる中で、その人たちの個性を定量し、定量化された個性に合わせて最適な学習法というのを提供したとき、みんながハッピーに何かしらのスキルを獲得できる、そんなことを目指して研究しています。
なぜ脳なのか?
個性を予測するときに、なぜ脳が必要なのか。簡単にいうと、自分で自分のことを正しく理解できていないというデータがたくさんあります。
例えば、横軸に能力をとって、縦軸に自信というのをとったときに、本来は、能力が高ければ自信も高いし、能力が低ければ自信も低い。そういう図式ができるわけです。ところが実際はそうではなく、自分の能力が高い人ほど、実は自分の能力を過小評価する傾向があり、一方で能力が低い人ほど過大評価するということが分かっています。
これは心理学の中でも長いこと言われていて、ダニング=クルーガーエフェクトとか、ポジティブバイアスという研究は、古くから再現性が高いといわれています。興味深いのは、例えば大学の教員の8割は、自分の講義がうまいと思っている。あるいは運転をするドライバーの7-8割は、やっぱり自分の運転がうまいと思っているということが分かっていて、自分の能力を高く見積もっているからそういうことが起こるという風に考えられています。
結局それはメタ認知と言われる部分の欠如になります。メタ認知というのは、自分のことを俯瞰してどれぐらい正しく見ることができるかという能力です。これは脳の中ではエリア10と言われる部分で、前頭極というちょうどオデコのすぐ後ろあたりにあります。メタ認知では、ここが一番重要だということも分かっています。
何が言いたいかというと、自己評価はアテにならないということです。この前頭極は人間の脳でもっとも発達している領域です。前頭葉は、おさるさんでもみんなある訳なんですけれども、その前頭葉の中で前頭極といわれる前頭葉の一番先端にある領域が、前頭葉の中で占める割合は人が一番大きいです。
なんでそうなるのか、というのをいろいろな研究が解釈していますが、おそらくメタ認知に関わっているからではないかと思います。なぜ、メタ認知が必要なのかというと、遠い将来に向けて今自分が何をすべきかを考えるのに必要なエリアがここだという風に解釈されています。
5年後10年後30年後も考えるという意味で、メンタルタイムトラベルという言い方を学術的にしますが、このメンタルタイムトラベルに、このエリア10というところがとても重要であるという風に言われています。
遠い将来までを考え、かつ、その遠い将来と今の自分というのを客観的に見ることで、自分ががんばれたり、あるいは学んでいくという選択を人はします。そういったところにものすごく関わっているのがこのエリア10であると考えられています。
なんで脳なのか、という話に戻りますが、人にはポジティブバイアスあるいはダニング=クルーガーエフェクトみたいなものが、どうしてもあるので、実は自己の認識がゆがんでいるということは、十分考えられるということなんです。つまり、実は自己評価は正しくないことが多いというのが、ダニング=クルーガーエフェクトです。
では、どうやってその人の個性というのを定量的にすればいいかというところで、脳情報というのが利用できるんじゃないかというのが私たちの立ち位置です。
(続きはHTCのご参加による見逃し配信でご覧いただけます。)
第6回ヘルステック研究会は9月26日開催
次回、第6回ヘルステック研究会は、東北大学大学院 医学系研究科 AIフロンティア新医療創生分野、東北メディカル・メガバンク機構 ゲノム遺伝統計学分野、田宮 元 教授による「機械学習・人工知能を用いたゲノム健診の実現」です。
次世代シークエンシング技術の発展により、大量の全ゲノム配列データが生産され、利用可能となりつつあります。また、そのようなデータ中に、疾患の原因となったり、感受性を高めるバリアントを同定し、解釈すること、さらには、電子カルテに代表されるリアルワールドデータの蓄積・利用も、機械学習・人工知能技術の発達によって可能となってきています。これらのことから、期待が高まりつつあるゲノム診断・ゲノム健診の見通しについて紹介します。