
HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。
第9回 ヘルステック研究会 レポート

第9回ヘルステック研究会は、東北大学大学院医学系研究科 法医学分野 教授 美作 宗太郎 先生による「法医学は虐待された子どもを救えるのか?」です。
本講義では、生きた人間を対象とする「臨床法医学」の視点から、子ども虐待の現状と、法医学の知見やテクノロジーを活用した客観的な診断、関係機関との連携による取り組みなどを紹介していただきました。
法医学の新たな役割と「臨床法医学」の重要性
美作先生は、救命救急や国内外での法医学研究を経て、長年にわたり生体に対する法医学の応用に最前線で取り組まれてきました。法医学というと遺体を解剖して死因を究明するイメージが強いですが、法律や社会問題の解決に直接貢献する「社会医学」であると強調されました。
本講義の主題として取り上げられたのが、生きている人を対象とする「臨床法医学」です。一般的な臨床医が「傷を治すこと」に全力を尽くすのに対し、法医学者は「傷がいつ、なぜ、どのようにできたのか」を証明し証拠として残す「法医マインド」を持っています。この視点により、虐待の事実を証明し、子どもを次なる暴力から回避させる(一時保護につなげる)ことが可能になります。
子ども虐待の現場と法医学的介入の意義
講義では、身体的虐待やネグレクトによって命を落とした痛ましい事例が紹介されました。十分な食事を与えられず低栄養で亡くなったケースや、激しい暴力を受けたケースが挙げられました。特に、身体に古い傷と新しい傷が混在していることは、日常的に暴力が繰り返されていることを示す重要な所見となります。
美作先生は、熊本大学時代から児童相談所と連携し、一時保護された子どもの損傷検査に直接携わってこられました。法医学者が専門的な視点で「損傷診断書」を作成し、児童相談所の援助方針会議に提出することで、親が虐待を否定した場合でも、客観的な事実に基づいて子どもを保護できる仕組みを構築されています。
テクノロジーを活用した傷の客観的評価
虐待の証拠となる「打撲症(アザ)」の診断には、大きな課題がありました。これまでアザの色や治り具合の判断は、医師の主観や経験に依存する部分が大きかったためです。
講義では、この課題を解決するための客観的かつ科学的な傷の評価手法が紹介されました。具体的には、分光測色計という機器を用いて皮膚の変色を数値化し、時間経過に伴う色の変化を定量的に追跡する手法です。さらに、小型の超音波画像診断装置(エコー)を活用し、皮膚表面からは見えない皮下出血の深さなどを測定する試みも進められています。これらにより、主観的な評価を数値データに基づく揺るぎない「証拠」へと昇華させる取り組みが行われています。
機関連携の重要性と今後の展望
最後に強調されたのは、医療、司法、行政(児童相談所など)の緊密な連携です。専門家による客観的な証拠が早期に保全されても、それを適切に運用する仕組みがなければ子どもを救うことはできません。事実の隠蔽を防ぎ、迅速な保護や司法の介入を実現するためには、多機関が協力して検討を重ねることが不可欠だと述べられました。
おわりに
美作先生は、法医学が持つ科学的な視点を生きた子どもたちを救うために応用し、社会課題である虐待問題に対する具体的な解決策を提示されました。法医マインドを持った診療、テクノロジーによる客観的評価、そして機関連携を通じた取り組みは、子どもたちの命と未来を守るための重要な鍵となることが期待されます。
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. タンパク質の動きを捉える新しい試料導入システムを開発 -テープ搬送による試料導入で試料消費量を低減-

ヘルステックカレッジにもご登壇された、南後先生のプレスリリースです。
理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの姜正敏研究員、同SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、東北大学多元物質科学研究所の南後恵理子教授、京都大学大学院医学研究科の岩田想教授らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」において、タンパク質の動きを捉える連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)のための試料を導入する新たなシステムを開発しました。
本研究成果により、わずかな量の試料で時分割の構造解析が可能となり、タンパク質の動きが原子レベルで明らかになることが期待されます。
生体の重要な構成成分であるタンパク質が機能する際、巧妙にその構造を変えて機能を発揮していることが知られています。その動きを動画のように可視化する技術として、XFELを用いた時分割連続フェムト秒結晶構造解析(時分割SFX)が利用されてきました。
今回、国際共同研究グループは、SACLAにおいて、結晶を含んだ微小液滴をテープの上に滴下し、ベルトコンベアのようにX線レーザーの照射領域に運ぶ手法を開発しました。結晶を含んだ微小液滴に反応分子などを含む別の微小液滴を重ねて滴下することにより、タンパク質が反応する過程を追跡する実験も可能となりました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Applied Crystallography』(2月8日付)に掲載されました。
(2026年2月16日:東北大学多元物質科学研究所 教授 南後恵理子)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
2. 脳はどうやって「見てから動く」の? ― サルの脳研究から見えてきた、脳内リズムの協力プレー ―
私たちは、目で見た情報をもとに、迷うことなく体を動かしています。しかし、その情報が脳の中でどのように処理され、「動く準備」へと変わっていくのかは、詳しく分かっていませんでした。東北大学大学院医学系研究科の張替宗介博士学生(現:東北大学病院)、渡辺秀典助教(現:大学院生命科学研究科特任講師)、青木 正志教授、虫明元教授(現:名誉教授)は、サルの脳を高精度に計測できる新しい方法を用いて、視覚の情報が運動の準備へと伝わる過程を調べました。その結果、脳の中では速さの異なるリズムが協力し合い、見た情報に応じて、脳活動の「リズムの出方」が時間とともに変化することを捉えました。この成果は、私たちが正確に行動できる理由の理解につながるだけでなく、リハビリテーションや脳の病気の研究、人と機械が関わる技術の発展にも貢献すると期待されます。
本研究の成果は、2026年1月21日付で科学誌Scientific Reports 誌に掲載されました。
(2026年2月13日:生命科学研究科 特任講師 渡辺秀典)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3.なじみの群れでは、仲間同士の判断がそろう -危険が迫る瞬間、メダカ全員の判断が一致する現象-
ヒトは緊急時、周囲の行動に影響されて一斉に動いたり、逆に固まったりすることがあります。こうした全員が同じ行動を取る「一致した反応」は、ヒトだけの現象ではありません。
東北大学大学院生命科学研究科の竹内秀明教授と国立循環器病研究センターの中畑量平非常勤研究員(研究当時:東北大学大学院生命科学研究科大学院生)は、メダカの群れに迫る捕食者を模した映像刺激を提示し、群れがどのように反応するかを調べました。その結果、1ヶ月間同じ水槽で飼育した群れでは、「全員が泳ぎ続ける」 だけでなく、「全員がピタッと動きを止める(フリーズ)」という危険回避行動がそろって現れました。一方、初対面の個体で構成した群れでは、この「全員フリーズ」という連動した行動は見られませんでした。つまり、仲間と過ごす経験によって、危険な場面で全員が同じ行動を選ぶ「群れとしてのまとまり」が生まれることが明らかになりました。
本研究は、社会的な関係や経験が、群れをつくる動物の危険回避行動にどのように影響し、仲間同士が瞬時に同調する仕組みを理解するための新たな手がかりとなります。
本成果は2025年12月23日にScientific Reports に掲載されました。
(2026年1月 9日:生命科学研究科 教授 竹内秀明)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)