講義テーマ:法医学は虐待された子どもを救えるのか?
「法医学」というと事件や事故の死因究明のイメージが強く、生体を検査するケースがあることは一般にあまり知られていない。近年、子ども虐待が増加しており、マスコミを通じて痛ましい事件が報道されているが、法医学者は虐待死を担当するだけでなく、生体にできた損傷(傷)の評価や受傷機転の相談にも対応している。今回は我々が行ってきた損傷(傷)の客観的評価や証拠化の試みを中心に紹介したい。

2025年度の東北大学ヘルステックカレッジ 第9回ヘルステック研究会にご登壇いただく、東北大学大学院医学系研究科法医学分野 教授 美作宗太郎 先生にお話しを伺いました。
法医学者は声なき声の代弁者
「法医学」とは、犯罪捜査や法的問題の解決を目的として、医学的および科学的な知識や技術を応用する学問分野です。そのため、法医学者に対して多くの方は、事件や事故の被害者の解剖や死因の究明といったことを思い浮かべるかと思います。
然しながら、これだけではなく、生きている人の身体についた傷や子どもたちの打撲痕、ひとり暮らしの高齢者の孤独死など、声なき声の代弁者でもあります。法医学とは、「生きている社会を診る学問」と言えるかもしれません。
法医学の枠組み
「法医学」は大きく5つの分野に分かれています。
- 「法病理学」:解剖して病気や損傷を発見したり、どのように損傷が生じたかを検討するなど、死因診断や死後経過時間の推定をする分野になります。
- 「法中毒学」:胃内容物、尿や血液から薬物の濃度を調べ、併存する病気なども含めて「死因として薬物中毒と判断できるか」を決めていくのが法中毒学です。
- 「個人識別学」:DNA型や歯型などを使って身元を確認します。亡くなった方から得られた試料からDNAを採取し、ご家族のDNA型と照合して血縁関係を確認したり、歯学研究科の先生に協力していただき、歯科情報から身元を確認します。
- 「法医放射線学」:近年特に研究・実務応用が進んでおり、解剖をする前にCT等を撮影することで、解剖前に骨折の有無や出血の範囲が一瞬で分かり、死因究明や身元確認にも役立ちます。
- 「臨床法医学」:生きている人に対して法医学のスキルや手法を用いる分野であり、傷害事件でけがをした人の状況を診たり、薬物の注射痕を診断します。
また、「臨床」との関わりという点では、医療事故や医療関連死も対象に含まれます。法医学の医師が病院の医療安全管理に関する部門に入り、法医学の視点から原因の検討に参加することがあります。このように、法医学という小さな分野の中にも5つほど専門領域があり、その中で生きている人を対象にするのが臨床法医学という位置づけになります。
ドラマのような華やかさばかりではない
私は、東京の大学を卒業したのち、解剖数を多く経験できる環境を求めて札幌医大に進み、指導教授の異動をきっかけに東北大学へ移りました。その後、臨床法医学への関心から海外留学を勧められ、英国で約1年半研究を行った後、熊本大学、弘前大学、秋田大学などを短いスパンで移動し、最終的に再び東北地方に戻ってきました。単身赴任はせず、子ども3人を含む家族全員で移動するという方針を貫いてきました。
法医学の役割は、死因を特定するだけでなく、「なぜ起きたのか」「どの段階で防げたのか」を明らかにし、次の被害や事故を防ぐことにあります。また、法医学者は警察・医療・解剖情報を一括して把握できる立場にあり、医療事故や事件・虐待の兆候を社会に発信できる存在であると思います。
一方で、全国の法医学者は約120人と極端に少なく、1県1人という状況も珍しくありません。ドラマのような華やかさばかりではなく、研究と解剖の両立といった厳しい現実、強い使命感と公衆衛生への意識がなければ続けられない職業でもあります。特に私が力を入れてきたのは、子ども虐待を「亡くなった後」ではなく「生きている段階」で科学的に証明し、被害を未然に防ぐための臨床法医学研究になります。子どもを守り、社会全体の安全を高めるため、法医学の重要性を伝え、未然防止につながる研究を続けたいと考えています。
子どもの損傷を科学的に読む
これまでの経験から、子ども虐待の診断が医師の経験則に大きく依存している現状に疑問を抱き、損傷を科学的・客観的に評価する方法を模索してきました。医師が経験に基づいて傷の時期を断定することに誤りの可能性を感じ、「数値化」による診断の必要性を痛感したのです。
そこで、皮膚変色を分光測色計で数値化する研究を開始しましたが、外見の色だけでは出血の深さや量を把握できない限界に直面しました。次に、超音波診断装置(エコー)を導入し、皮下出血の深さや厚みを可視化することで評価精度を高めました。しかし、時間が経過して黄色味を帯びた古い打撲痕は、肉眼やエコーでは見つけにくく、虐待の継続性を示す重要な証拠が見逃されやすいという課題が残りました。
そこで、特殊波長光線とフィルターを組み合わせる手法を開発し、安全性にも配慮しながら、古い傷痕を浮かび上がらせる技術を確立しました。さらに、打撲直後で外見に変化が出る前の段階を捉えるため、赤外線サーモグラフィによる局所の温度上昇の検出にも取り組んでいます。これら ①色、②深さ、③古い傷の可視化、④初期炎症反応という四つの視点から、皮膚損傷の時間経過を含めた証拠化が可能になると考えています。
社会的には「しつけ」と「虐待」の境界が曖昧な中で、客観的証拠の重要性は高まっています。法医学は多職種連携のもとでこうした技術を活かし、個々の死や傷害の検証を社会に還元することで、次の犠牲を防ぐ公衆衛生的役割を担うべきだと考えています。
ご紹介は以上になります。
東北大学医療系メディア「ライフ」マガジンに美作先生の記事が掲載されています。
学生時代に救急医を目指されていた美作先生はこの時の経験から、人の亡くなった理由を解き明かしたいと法医学に携わり続けています。熱い思い溢れる先生がご登壇される第9回ヘルステック研究会への参加ご希望の方は、以下ボタンのリンク先フォームより申し込みください。
