
HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。
第7回 ヘルステック研究会 レポート

第7回ヘルステック研究会は、東北大学病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科 教授 香取幸夫 先生による『「きこえ」を良くして楽しい生活を 』です。
人生100年時代と言われる現代、最期まで健康で楽しく過ごすためには、人とのコミュニケーションや食事が欠かせません。香取教授は、耳鼻咽喉科の領域を「食べる・飲む=命の入り口」であり、「話す・聞く=心の出口」であると表現し、人として欠かせない機能を扱っていると語ります 。
本講演では、私たちが音を聞く仕組みから始まり、加齢とともに多くの人が直面する「難聴」の問題点、そして認知症との意外な関係性や最新の予防研究に至るまで、幅広い視点でお話しいただきました。誰もが当事者になりうる「きこえ」の問題について、ご紹介します。
(講義より一部抜粋してお届けします。)
難聴のメカニズムと種類
私たちは普段、どのように音を聞いているのでしょうか。
音は空気の振動として耳に入り、鼓膜を震わせ、耳小骨(じしょうこつ)という人体で一番小さな骨で増幅され、内耳へと伝わります 。重要なのは、内耳にある「有毛細胞」が振動を電気信号に変換し、脳へと送ることで初めて「音」として認識されるという点です 。
しかし、この精密な有毛細胞は、加齢や騒音によって傷つきやすく、一度壊れると再生しないという特徴があります 。そのため、年齢を重ねると有毛細胞が減少し、高い音から順に聞こえにくくなっていきます 。
調査によると、70歳代後半(後期高齢者)になると、3分の2以上の人が難聴の状態にあるそうです 。これは決して特別なことではなく、長生きすれば誰にでも起こりうる自然な変化と言えます。しかし、多くの人が「自分はまだ大丈夫」「年のせいだから仕方ない」と、その不便さを我慢したり、気づかずに過ごしていたりするのが現状です。
難聴は「認知症」の最大のリスク因子?
「耳が遠くなっても、ただ聞こえにくいだけ」と軽く考えてはいませんか?実は、難聴は社会生活や健康寿命に大きな影響を及ぼします。聞こえが悪くなると、会話が噛み合わずコミュニケーションが億劫になり、社会的な孤立やうつ状態を招きやすくなります 。さらに、後ろから来る車に気づかないといった危険や、平衡感覚の低下による転倒リスクも高まります 。 特に衝撃的なのは、難聴が「認知症」の大きなリスク因子であるという事実です。
最近の研究では、認知症の予防可能なリスク要因のうち、難聴が約7%と最も高い割合を占めることがわかっています 。つまり、難聴に対して適切な介入(補聴器の使用など)を行うことで、将来の認知症のリスクを減らせる可能性があるのです。香取教授らの研究室では、酸化ストレスを防ぐ「NRF2」という因子に着目し、加齢性難聴そのものを予防・軽減するための創薬研究も進められていますが、まずは「難聴は放置してはいけない健康課題」であると認識することが大切です 。
補聴器は「脳のトレーニング」をして使いこなす
加齢性難聴の第一の治療選択肢は「補聴器」ですが、日本での普及率は欧米に比べて低いのが現状です 。「補聴器を買ったけれど、うるさくて使わなくなった」という話を聞いたことはありませんか?実はこれには理由があります。難聴の脳は、音の刺激が少ない静かな状態に慣れてしまっているため、急に補聴器で音を入れると、脳が「うるさい」と拒否反応を示してしまうのです 。
香取教授は、補聴器は「ただ着ければ聞こえる」ものではなく、時間をかけて調整し、脳に音を聞くリハビリをさせる必要があると強調します 。最初は目標の音量の5〜7割程度から始め、2〜3ヶ月かけて脳を慣らしていく「トレーニング」が不可欠です 。 最近の補聴器は進化しており、AIによる環境適応やスマホ連携、転倒検知機能なども搭載されています 。自己判断で通販の安価な集音器ですませるのではなく、耳鼻科医や専門の技能者がいるお店で、自分の「脳」に合わせた調整を行うことが、豊かな生活を取り戻す鍵となります 。
おわりに
今回の講演を通して、難聴は単に「耳が遠くなる」という局所的な問題ではなく、認知症や転倒のリスクを高め、私たちの健康寿命や生活の質(QOL)に深く関わる重要なテーマであることがわかりました。
しかし香取教授が示されたように、難聴は「介入可能なリスク因子」です。早期に耳鼻咽喉科を受診し、適切な診断を受けること、そして自分に合った補聴器を選び、トレーニングを経て使いこなすことで、これらのリスクを軽減できる可能性があります。
「もう歳だから」とあきらめてコミュニケーションを閉ざしてしまうのではなく、積極的に「聞こえ」をケアすることが、脳の健康を守り、家族や友人との会話を楽しむ豊かな毎日につながります。人生100年時代、最後まで自分らしくピンピンと元気に過ごすために、まずは耳の健康を見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. ミトコンドリアが血液細胞の運命を決める -赤血球ができるのか、血小板ができるのかを 分ける仕組みをマウスで解明-

ヘルステックカレッジにもご登壇された、本橋先生のプレスリリースです。
体内を流れる赤血球や白血球などの血液細胞は、骨髄にある「造血幹細胞」から生まれます。造血幹細胞はまず「造血前駆細胞」と呼ばれる中間的な細胞をつくり、これが分裂・増殖しながら、赤血球や白血球などそれぞれの役割を持つ細胞へと成熟します。細胞の中で酸素呼吸を担う「ミトコンドリア」は、エネルギーをつくる重要な存在ですが、造血前駆細胞の分化における役割は明らかではありませんでした。
東北大学大学院医学系研究科医化学分野の成恩圭学術研究員、村上昌平講師、本橋ほづみ教授らの研究グループは、ミトコンドリア機能が低下したマウスを作製し解析を行いました。
その結果、MEPが赤芽球へ分化するには正常なミトコンドリア機能が不可欠であることを明らかにしました。さらに、ミトコンドリアを多く含むMEPは赤芽球に、ミトコンドリアが少ないMEPは巨核球に分化することを発見しました。
この成果は、ミトコンドリアが細胞分化の方向性を決定づけるという新しい概念を示すものであり、血液細胞の分化メカニズムに新たな視点をもたらします。本研究は、多血症や再生不良性貧血などの血液疾患の理解と治療法開発の進展にもつながると期待されます。
本研究成果は、2025年11月20日付で国際学術誌 Stem Cell Reports に掲載されました。
(2025年11月21日:大学院医学系研究科医科学分野 教授 本橋ほづみ)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
2. 磁気ハイパーサーミアとリンパ系送達法の融合による低侵襲ながん転移治療法を確立 ―リンパ系送達法による低侵襲な転移抑制効果―
ヘルステックカレッジにもご登壇された薮上信教授のプレスリリースです。
がんのリンパ節転移は、がんの進行や再発、患者の予後を大きく左右する重要な過程です。転移リンパ節の外科的切除は有効である一方、侵襲性が高く、副作用のリスクが避けられません。磁性ナノ粒子(注2)を用いた磁気ハイパーサ ーミアは、放射線や抗がん剤を使わずにがん細胞を熱で死滅させる低侵襲・高 安全性の治療技術として注目されています。
東北大学大学院工学研究科の桑波田晃弘准教授、大学院歯学研究科のアリウンブヤン・スフバートル助教、ならびに大学院医工学研究科の小玉哲也教授、薮上信教授らによる共同研究グループは、ヒトと同等の大きさのリンパ節を有するリンパ節転移モデルマウスを用いて、転移リンパ節に磁性ナノ粒子を注入し、外部磁場により局所的に加熱することでがん増殖を効果的に抑制することに成功しました。さらに、加熱を行っていない遠隔転移部位(肺)でも腫瘍抑 制効果が現れ、免疫応答を介した全身的ながんの抑制効果が確認されました。これらの成果は、リンパ節転移を標的とした非侵襲・免疫活性化型治療という新たなパラダイムを提示するものであり、将来的な臨床応用に向けた道を切り拓くものです。
本研究成果は、2025年11月25日付で Scientific Reports(電子版)に掲載されました。
(2025年11月28日:医工学研究科 教授 小玉哲也・医工学研究科 教授 薮上信)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3.医学系研究科の片桐秀樹教授、今井淳太特命教授が第62回ベルツ賞を受賞
ヘルステックカレッジにもご登壇された片桐教授のプレスリリースです。
大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野の片桐秀樹教授、今井淳太特命教授が第62回「ベルツ賞」の1等賞を受賞しました。
ベルツ賞は、日独両国間の歴史的な医学関係を回顧すると共に、両国の医学面での親善関係を更に深めて行く目的で、1964 年に当時 C.H.ベーリンガーゾーン社の社主であった故エルンスト・ベーリンガー博士によって設立された医学賞です。
日本の近代医学の発展に大きな功績を残したドイツ人医師ベルツ博士の名を冠してエルウィン・フォン・ベルツ賞と名付けられました。
1等受賞論文
「臓器間神経ネットワークによるインスリン分泌・膵β細胞増殖制御機構の解明とインスリン分泌低下性糖尿病治療への応用」
東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝・内分泌内科学分野 片桐秀樹 教授
東北大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科 今井淳太 特命教授
【ベルツ賞(正式名称:「エルウィン・フォン・ベルツ賞」)について】
「ベルツ賞」は1964 年に当時 C.H.ベーリンガーゾーン社の社主であった故エルンスト・ベーリンガー博士によって設立された伝統ある日本国内の医学賞です。日独両国間の歴史的な医学領域での交流関係を回顧し、またその交流関係を更に深めていく目的で設立されました。
第62回「ベルツ賞」受賞者|日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社ウェブサイト
(2025年12月 2日:病院・医学系研究科広報室)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)