
HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。
第6回 ヘルステック研究会 レポート

第6回ヘルステック研究会は、東北大学大学院医工学研究科
病態ナノシステム医工学分野 教授の神﨑 展 先生による「 細胞の中のタンパク質の仕事をリアルタイムでみてみよう! 」です。
神﨑先生は、運動が体に良い理由を「分子レベル」で解き明かす研究を進めておられます。細胞の中でタンパク質がどのように動き、どのように健康や疾患に関わっているのかを、最先端のイメージング技術で“見える化”することで、運動と代謝の新たな関係を明らかにしています。
(講義より一部抜粋してお届けします。)
細胞の中で起こる「運動」を再現する
先生の研究室では、培養した筋細胞に電気刺激を与え、細胞を運動させる仕組みを構築しています。
この実験により、動物を使わずに筋肉の反応や収縮過程をリアルタイムで観察できるようになりました。カルシウム濃度の変化や細胞の動きを定量化することで、運動効果のメカニズムを可視化。運動がどのように筋細胞の働きを変えるのかを、実際の映像として解析することが可能になっています。
ヒト筋細胞を「動かす」挑戦と病態解明
さらに、マウスだけでなくヒトの筋細胞でも運動を再現する研究を進めています。
マウス細胞とヒト筋細胞を混合培養する「ハイブリッド化」や、支えとなるフィーダー細胞の導入により、ヒト筋細胞を収縮させることに成功しました。また、筋炎(IBM)患者由来の筋細胞を刺激すると、病的タンパク質(TDP-43)の異常凝集が運動によって誘導されている可能性があることが実験で示されました。
こういったシステムを使うことで、運動によって病態がどう変化するのかを細胞レベルで観察できるようになり、将来的な診断や治療への応用が期待されています。
運動・免疫・代謝の新しいつながり
神﨑先生は、動物モデルを使って「免疫細胞が運動効果を支えている」ことも明らかにしました。
運動中、筋肉内の毛細血管に好中球が集まり、糖の取り込みに関わる分子「GLUT4(グルットフォー)」を膜へ移動させる働きを担っています。
好中球が欠けると糖の取り込み量が低下し、持久力も下がることから、免疫と代謝が協調して運動効果を生み出していることがわかりました。
この発見は、「運動によるインスリン感受性の改善」の分子メカニズム解明にもつながっています。
タンパク質の“動く瞬間”を可視化する
講演の後半では、蛍光ナノ粒子「量子ドット」を用いて、タンパク質分子の動きを一分子レベルで観察する研究が紹介されました。
細胞の中でGLUT4がどのように動き、インスリンや運動によって膜に移行するのか――その過程をリアルタイムで捉えることで、これまで見えなかった細胞内輸送の仕組みが明らかになっています。
この「見る」技術は、糖尿病などの代謝疾患の新たな治療標的を探る上で極めて重要であり、まさにタイトルの通り、“タンパク質の仕事をリアルタイムで見る”研究です。
おわりに
運動、免疫、代謝、そしてタンパク質分子の動き――。
神﨑先生の研究は、これらを結びつけて理解することで、運動が体に良い理由を分子レベルから明らかにしています。リアルタイム観察によって得られる新たな知見は、将来的に運動療法や個別化医療の発展につながると期待されます。
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 非侵襲で血液成分の分析が可能な新技術を開発 ‐中赤外光と超音波を用いた方法で85%超の血糖値推定精度を実現‐

血液検査では血中コレステロールや血糖値など健康管理のために重要な成分量がわかります。これまで、光を使って採血なしで体表から血液中の成分を検出する方法が数多く提案されてきましたが、中赤外光を用いた方法では皮膚の角質層の下にある血液成分を検出することはできませんでした。
東北大学大学院医工学研究科の松浦祐司教授らの研究グループは、中赤外光を用いた光音響分光法(PZT-PAS)を応用し、血液採取を伴わない血液成分推定技術を開発しました。本手法は、糖や脂肪などの血中成分が中赤外光を吸収した際に生じる熱膨張を圧電素子で検出するという研究グループが独自に開発した技術を用いたもので、従来の赤外光を用いた方法では困難だった体表から20~30ミクロン以上の深部成分を検出可能にしました。
本手法は、原理的には簡易な装置で実施可能であり、将来的には耳たぶなどに装着可能なウェアラブルデバイスの開発などにより、血糖値をはじめとするさまざまな血液成分を日常的にモニタリングすることが可能となることが期待されます。
本成果は2025年10月9日に学術誌Journal of Biomedical Opticsに掲載されました。
(2025年10月10日:大学院生命科学研究科 教授 安部健太郎)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
2. うつ病モデルマウスで抑うつ状態からの回復に関わる脳内の転写因子を特定 脳内転写因子活性プロファイルによって明らかに
うつ病は世界的に深刻な精神疾患であり、その発症メカニズムや治療薬の作用機序には未解明な部分が多く残されています。現在、セロトニン仮説に基づいて開発された抗うつ薬は治療法として効果を挙げていますが、効果の発現に時間がかかることや、薬剤による効果の個人差が大きいことが課題です。
東北大学大学院生命科学研究科の山本創大学院生(研究当時)、安部健太郎教授らは、マウスの脳内の神経細胞が内在に発現する多数の転写因子の活性を測定する独自開発技術「転写因子活性プロファイル法」を確立しています。この技術でうつ病モデルとして知られる慢性社会的敗北ストレスモデルのマウスを解析し、抑うつ状態に関連して活性変化を示す転写因子を探索しました。その結果、転写因子群Tcf/Lef1またはRestの活性上昇が観察され、これら転写因子を薬剤で活性化すると抑うつ状態の改善が促進されることから、これらが抑うつ状態からの回復に寄与することが明らかになりました。
本研究は、うつ病病理と抗うつ薬の作用に関する新たなメカニズムを示唆するものであり、今後の抗うつ薬開発に新たな視点を与えるものです。
本研究成果は10月7日に米国神経精神薬理学会が発行する学術誌、Neuropsychopharmacology (電子版)で公開されました。
(2025年10月10日:大学院生命科学研究科 教授 安部健太郎)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3.東北大学・イオン東北が共同で健康啓発 健康に良いとされる素材・成分を含む「論文レシピ®」など産学連携
東北大学産学連携機構(機構長:遠山毅)とイオン東北株式会社(本社:秋田市、代表取締役社長:辻雅信)は、「Vision to Connect」拠点(JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「『みえる』からはじまる、人のつながりと自己実現を支えるエンパワーメント社会共創拠点」)における産学連携により、健康と関連があると論文発表された栄養素が含まれる食材をおいしく食べるためのレシピ、「論文レシピ®」を共同で開発しました。東北大学雨宮キャンパス跡地に10月8日に開業する「イオンスタイル仙台上杉」で、同レシピを基にした総菜が販売されます。
具体的には「炙りしめさばと豆腐・海藻のサラダ」や「さばとかぼちゃの黒酢あんかけ」などの「論文レシピ®」6品が、同店の「リワードキッチン」で販売されます。
また、イオン薬局内に設置される「源気サポートSTATION」に、ゲーム感覚で目の見え方をチェックできる「メテオブラスターVR」など、非医療機器を提供し、市民の健康を考える機会を提供します。
(2025年10月 8日:東北大学産学連携機構 イノベーション戦略推進センター 学術研究員 山田哲也)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)