
HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。
第4回 ヘルステック研究会 レポート

第4回ヘルステック研究会は、東北大学大学院医工学研究科 スポーツ健康科学分野 教授の山田陽介先生による「骨格筋は質が大事 ー量から質への意識転換ー 」です。
本講義では、筋の質に着目することの重要性等について、紹介していただきました。
(講義より一部抜粋してお届けします。)
山田陽介教授のご紹介
東北大学大学院医工学研究科 スポーツ健康学分野 教授の山田陽介先生は、骨格筋や代謝研究の第一人者です。埼玉県出身で、京都大学卒業後、米国ウィスコンシン大学へ留学。その後、国立健康・栄養研究所で運動と栄養に関する研究を推進し、厚生労働省のガイドライン策定にも関わってこられました。
現在は東北大学でエネルギー代謝やサルコペニア研究を進めるとともに、国際的なデータベースの構築や国際基準策定委員も務めています。また、メディアや書籍を通じての啓発も積極的に行い、研究と社会実装の両面から健康寿命延伸に貢献されています。
最新の運動ガイドラインと介護予防
最新の運動ガイドラインについて、2023年に改定された「健康づくりのための身体活動・運動ガイド(アクティブガイド)」をご紹介してくださいました。今改定の大きな特徴は「筋トレの実施」「座りすぎ防止」の重要性が強調された点です。成人は1日8,000歩、高齢者は6,000歩を目安に歩くことが推奨され、加えて週2〜3回の筋トレが生活習慣病予防や筋力維持に効果的とされています。また、オフィスや家庭での長時間の座位は様々な生活習慣のリスクをもたらすことから、座位行動を減らすということがこの2023年のガイドラインで新たに取り入れられたものになります。これらの運動を実施し、適切な食事の摂取を組み合わせることは、生活習慣病の改善や介護予防につながるということが、エビデンスとして示されています。
食事と運動の相互作用
サルを用いた長期研究についても紹介されました。腹八分目の食事制限を続けたサルは、短期的には活動量が下がるものの、長期的には適応し、高齢期でも活動を維持できることが明らかになりました。これは「食事制限=体力低下」という単純な構図ではなく、長期的にはむしろ効率的なエネルギー利用を促し、フレイルの予防に結びつくことを示しています。つまり、中年期からの食習慣改善が高齢期の健康寿命延伸をもたらすということです。運動と食事が互いに補完し合い、長年の生活習慣が高齢期の健康状態を決定することについて強調されました。
国際データベースと最新の代謝研究
最近、東北大学生理学教室との共同研究でネイチャーメタボリズムに掲載された論文で、作られた精子の環境が寒いとき、受精卵に代謝がより活発になるメカニズムが備わり、その結果、それが生まれた後の子どもにも受け継がれる持ち越し効果があるということを発表されました。
さらに、二重標識水法を用いた国際的なエネルギー代謝データベース構築について紹介されました。8名の世界的な研究者と共に、世界中の80名以上の共同研究者に声をかけてデータを集めるということを行い世界40カ国以上、1万人超のデータを集約した成果から、20〜50代では基礎代謝がほとんど低下しない一方、60代以降において総エネルギー消費量が急激に低下していく年代があるということも分かりました。中年期の肥満については現在解析中ではありますが、代謝低下だけでなく食環境の変化、とりわけ超加工食品の摂取増加との関係が強そうだという結果も出てきています。
また、気候変動や人口増加の時代における重要な課題とされている水分摂取ですが、水の代謝についての研究も注目されています。飲料水を含めた食品(食物からも水を摂取しているため)、その飲料水がどれだけ体にとって1日あたり必要なのか予測する推定式についての論文を、2022年サイエンス誌で発表されています。
このように先生の研究は、個人の健康づくりから地球規模の公衆衛生まで、幅広く応用可能な知見を提供しています。
まとめ
今回のご講演を通じて、骨格筋の質が健康寿命の延伸において重要な役割を果たすこと、またその評価技術や介入方法の社会実装には産学連携が欠かせないということが分かりました。企業の皆さまにとっては、新規事業や共同研究の可能性を広げる大きなヒントになったのではないでしょうか。東北大学ヘルステック研究会では、今後も大学の知見を社会に開き、企業との連携による新しい価値創造を目指してまいります。
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 糖が「新しい脂肪細胞をつくるスイッチ」になる仕組みを解明―脂肪のつき方を決める鍵となる酵素を同定―

脂肪細胞は食後の余剰エネルギーを蓄え、空腹時にそれを供給します。一般に脂肪の増加にはマイナスのイメージがありますが、必ずしも健康に悪いわけではありません。脂肪組織の増え方には、既存の脂肪細胞の肥大化と、新たな脂肪細胞をつくる増生があります。増生は代謝のバランスを保ち、炎症や糖尿病リスクを抑えますが、増生の詳細な制御機構は不明でした。
東北大学大学院医学系研究科の酒井寿郎教授、秋田大学大学院医学系研究科の松村欣宏教授らの研究グループは、糖の代謝によって活性化される酵素JMJD1Aが、脂肪細胞を新たに生み出す増生に関与していることを発見しました。研究グループはメタボローム・トランスクリプトーム・エピゲノム解析を駆使し、過剰なグルコース(ブドウ糖)が細胞内で代謝されると、ヒストン脱メチル化酵素であるJMJD1Aが活性化され、脂肪細胞の分化に必要な遺伝子群のスイッチがオンになり、前駆脂肪細胞から脂肪細胞が新たにつくられることを明らかにしました(図1)。さらにマウスを用いた解析では、JMJD1Aが欠損すると、栄養を過剰に摂取した際に脂肪組織の増生が起こらず、既存の脂肪細胞が過剰に肥大化し、炎症が進行することを確認しました。
脂肪細胞の増え方という根本的な問いに対し、糖代謝とエピゲノム制御を結びつける新たな仕組みを明らかにした本研究は、肥満や代謝性疾患の発症機構の解明に貢献することが期待されます。
本成果は2025年7月26日付でCell Reportsオンライン版に掲載されました。(2025年7月30日:医学系研究科分子代謝生理学分野 教授 酒井寿郎)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
2. 舌下免疫療法における腸内細菌叢の役割を発見-腸内環境がアレルギー治療効果に影響を与える可能性-
舌下免疫療法はアレルギーの原因物質(アレルゲン)を少量ずつ舌下粘膜から吸収させ、徐々にアレルギー反応を弱めていく治療法です。最近の研究で腸内細菌叢の乱れがアレルギー発症と関連することが分かってきましたが、舌下免疫療法における腸内細菌叢の役割は不明でした。
東北大学病院歯科麻酔疼痛管理科の田中 志典講師らの研究グループは、舌下免疫療法を施したマウスに抗生物質を投与し腸内細菌叢を除去すると舌下免疫療法によるアレルギー抑制効果が失われることを見出しました。この結果は、一見無関係な腸内環境が舌下免疫療法の治療効果に影響を与える可能性を示唆します。
本研究成果は2025年8月5日に学術誌Allergology Internationalでオンライン公開されました。(2025年8月 7日:東北大学病院歯科麻酔疼痛管理科 講師 田中志典)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3.トランス脂肪酸が老化・炎症を促進する分子メカニズムを発見 -生活習慣病の発症予防・治療戦略の開発に期待-
一部の加工食品に含まれるエライジン酸などのトランス脂肪酸の摂取は、過去の疫学的知見から、動脈硬化症や生活習慣病(MASLDなど)をはじめとした加齢や炎症が関連する疾患のリスク因子とされてきましたが、炎症誘導の詳細な分子機構は不明でした。
東北大学大学院薬学研究科の小島諒太大学院生、平田祐介准教授、松沢厚教授らの研究グループは、同研究科の佐藤恵美子准教授、帝京大学薬学部の濱弘太郎准教授、横山和明教授、静岡県立大学薬学部の滝田良教授、岩手医科大学薬学部の野口拓也教授らとの共同研究により、最も主要なトランス脂肪酸であるエライジン酸が、DNA損傷の際に起きる細胞老化および炎症を促進することを発見しました。エライジン酸は細胞膜上の脂質ラフト(注4)と呼ばれる膜上の微少領域に取り込まれ、この領域内にサイトカインIL-1受容体を集積させることで、受容体下流における炎症誘導シグナルの活性化を増強し、細胞老化や炎症反応を増幅することが明らかになりました。エライジン酸を摂取させたマウスでは、心血管疾患や肝がんの引き金となるMASLDの発症時に、肝臓の細胞老化および炎症が亢進しました。動脈硬化症やMASLDなどのトランス脂肪酸関連疾患の、画期的な予防・治療戦略の開発に繋がる重要な研究成果です。
本成果は、8月5日に国際科学誌iScienceにオンライン掲載されました。(2025年8月 27日:大学院薬学研究科 衛生化学分野 教授 松沢厚)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)