HTC LETTER vol.03|吉田美香子 教授 研究会レポート・NEWSTOPICS

東北大学ヘルステックカレッジ > LETTER > HTC LETTER vol.03|吉田美香子 教授 研究会レポート・NEWSTOPICS

HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。

第3回 ヘルステック研究会 レポート

第3回のHT研究会は、東北大学大学院医学系研究科、ウィメンズヘルス・助産学分野 教授 の吉田 美香子先生 による「ウィメンズヘルスの課題 ー 女性がイキイキと活躍できるために必要なフェムテック ー」です。

本講義では、女性を取りまく社会情勢や健康課題の最新動向と、研究や企業とのコラボレーションを通じた研究チームの取り組み等を紹介していただきました。
(講義より一部抜粋してお届けします。)

研究の背景と社会的課題:女性の健康を取り巻く現状と新たな視点

吉田先生は、看護師・助産師として長年臨床に携わり、東京大学大学院では産後の女性の身体回復、特に骨盤底障害や排尿障害について研究されてきました。その後、東北大学でウィメンズヘルス・助産学領域の研究を再開され、現在は教授として、女性とそのパートナー、子どもたちの健やかな成長を支援するための研究に取り組んでいらっしゃいます。

研究の背景にある社会的課題について、WHOが提唱する「健康の社会的決定要因」があります。特に「性」が健康に大きく影響することに着目し、生物学的な性差だけでなく、文化社会的な性差や性自認、性的指向なども健康課題に深く関わると強調されました。例えば、痛風は男性に多く、膠原病は女性に多いなど、発症に偏りがある疾患や、心筋梗塞のように発症後の経過が男女で異なるケースがあります。また、女性特有の現象である妊娠・出産に関しては、その時に亡くなってしまうリスクなどがあります。

ウィメンズヘルス研究の重要性:多様な人々への貢献を目指して

吉田先生の研究室では、「性と生殖に関する健康」を研究テーマの中心に据えています。これは、自分の体の性、性自認、性的指向、性表現、そして子どもを持つか持たないか、誰との間に持つかといった生殖に関する選択が、すべて個人の基本的な人権であるという考えに基づいています。精神的にも無理なく、健康を大切にしながら、その人らしい幸福の実現を支援することを目指されています。

ここで特筆すべきは、「性差医療(ジェンダースペシフィックメディスン)」ではなく「ウィメンズヘルス」という言葉を使っている理由です。性差医療が男女の違いを比較するものであるのに対し、ウィメンズヘルスは特定の集団(女性)の健康課題を深く掘り下げ、そこから得られた知見を多様な人々(男性やその他の性自認を持つ人々)への支援へと展開・発展させることを目指していると説明されました。女性を中心に考えることで、結果として社会全体に貢献できるという、先生の強い思いを感じました。

妊娠・出産と骨の健康:見過ごされがちなリスク

妊娠・出産は女性の骨密度に大きな影響を与えます。妊娠すると一時的に骨密度が低下し、産後半年から1年で回復すると言われています。しかし、高齢出産(35歳以上、特に40歳以上)の場合、女性ホルモンの低下も相まって、十分な骨密度回復がなされないまま更年期を迎え、その後の骨密度低下が加速するリスクがあります。

吉田先生の研究室では、名古屋大学と共同で、胸部レントゲン写真から骨密度を推定するプログラムを開発し、帝王切開を受けた女性の骨密度低下の有病率を調査しました。その結果、約6.5%の女性に骨密度低下が見られ、1名が骨粗しょう症と診断されたそうです。特に、出産時の年齢が高い方や、妊娠前のBMIが低く痩せている方に骨密度低下のリスクが高いことが分かりました。

低栄養問題とフェムテックの可能性:次世代の健康を支える視点

骨の健康を考える上で、若年層の低栄養は深刻な問題です。特に20代の女性は、骨密度がピークに達する時期であるにもかかわらず、カルシウム摂取量が推奨量を大幅に下回っている現状があります。これはカルシウムだけでなく、タンパク質、脂質、炭水化物のバランス(PFCバランス)においても同様で、菓子パンなどでカロリーは摂取していても、ビタミンやミネラルが不足している「潜在的な低栄養状態」にある状況だからです。

吉田先生はこのような状況に対し、栄養指導の重要性を強調し、フェムテックの活用、例えば、尿からビタミンやカルシウムなどの栄養摂取状況をチェックできるデバイスや、AIを活用して骨密度や将来的な骨粗しょう症のリスクを推定できるような技術が、今後の健康支援に役立つ可能性があると述べられました。

孤立した子育てと男性の育児参加:メンタルヘルスへの影響

最後に、社会的・男女の地位に関連する健康問題として、メンタルヘルス、特に「共育て」における課題を挙げられました。たまひよの調査結果を引用し、育児を頼れる人がパートナーと実親・義理の親に限られるため、多くの家庭で孤立した子育てが行われている現状をあげられました。

父親の育児休業取得率は4割に達するものの、その半数は2週間未満と短期間に留まっています。育児休業を取得しなかった理由としては、「職場が育児休業を取りづらい雰囲気」「自分の仕事が忙しい」「収入が減る」などが挙げられ、これらの要因が父親の育児参加を阻害し、結果として母親の負担増、ひいては家族全体のメンタルヘルスに影響を与えている可能性があります。

まとめ

吉田先生は、女性の健康を多角的に捉え、その課題が社会全体に及ぼす影響、そして未来に向けた解決策の可能性を提示されました。妊娠・出産、骨の健康、低栄養、そして子育てにおける社会的な側面まで、幅広いテーマが取り上げられ、それぞれの領域において新たな知見や技術の活用が期待されます。

(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)

東北大学 ヘルステックTOPICS

1. 脳の「かたち」は父に似るのか母に似るのか? 親子の脳が類似する性別ごとのパターンを発見

図1. 研究成果の概要

親子の顔や性格が「似ている」と気づく瞬間は、誰でも経験することでしょう。しかし、親子が似ているのは日常の中で感じられる特徴ばかりではありません。実は脳の「かたち」も、他人同士の中から親子を識別できるほどによく似ることがわかっています。ただし、これまでの研究では母親と子に焦点が当てられており、父親を含めた検討は十分に行われていませんでした。

東北大学学際科学フロンティア研究所の松平泉助教、大学院医学系研究科の山口涼大学院生(日本学術振興会特別研究員)、加齢医学研究所の瀧靖之教授の研究グループは、父・母・子からなる「親子トリオ」の脳MRI画像を用いて、子の脳のどの部分が、父親と母親のどちらに似ているのかを詳細に調べました。その結果、子の脳には「父親にのみ似る部分」「母親にのみ似る部分」「両親に似る部分」「どちらにも似ない部分」が存在することを発見しました。さらに、これらの構成には子の性別によって違いがあることが明らかとなりました。

つまり、親子の脳の類似性は、「父と娘」「母と息子」など、親子の性別の組合せによって異なると言えます。今後は、「なぜ親子で脳が似るのか」「なぜ性別が関与するのか」「脳が似ていることは性格が似ていることとどう関係するか」といった問いに迫ります。本研究を手がかりとして、抑うつなどの心の不調が世代間で伝播する仕組みの理解が進むことも期待されます。

本研究成果は、2025年6月19日付で科学誌 iScience に掲載されました。(2025年6月25日:学際科学フロンティア研究所 助教 松平泉)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

2. 大阪・関西万博プレ展示「Eye Contact -未来の診療所-」(7/6-8開催)

「2025年日本国際博覧会」(以下、大阪・関西万博)にて、2025年8月14日から19日の6日間行われる、文部科学省主催「わたしとみらい、つながるサイエンス展」に、東北大学の産学連携の研究成果を元に「Eye Contact -未来の診療所-」と題した展示を行います。また、これに先立ち、2025年7月6日(日)~7月8日(火)にせんだいメディアテーク6Fギャラリー4200bで参加無料のプレ展示を行い、大阪・関西万博本番の展示のためのフィードバックを得る機会とします。(2025年7月 2日:東北大学COI-NEXT「Vision to Connect」拠点)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

3.糖摂取後の血糖値が寿命延長に関連する ‐ブドウ糖負荷後1時間血糖値が低いと病気が少なくて長寿‐

糖尿病の発症を抑えることで死亡のリスクが低下することが知られています。しかし、糖尿病を発症する前の「正常」といわれている血糖値の範囲内でも、死亡リスクの低下につながる範囲があるのかは不明でした。

東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の今井淳太特命教授、片桐秀樹教授、佐藤大樹医師(現みやぎ県南中核病院)、東北医科薬科大学医学部衛生学・公衆衛生学教室の目時弘仁教授、佐藤倫広講師、帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座の大久保孝義主任教授らのグループは、岩手県大迫町の地域住民を対象に行われている大迫研究のブドウ糖負荷試験のデータを解析しました。

解析の結果、正常と診断された人たちの中でも、糖負荷後1時間血糖値が170 mg/dl未満の群では、170 mg/dl以上の群と比較して死亡が少ないことが明らかになりました。しかもこの群では心臓疾患や悪性腫瘍による死亡が顕著に少ないこともわかりました。

本研究から、正常とされる血糖値の範囲内でも死亡リスクの低下につながる範囲があることが明らかになりました。食後の血糖上昇に早期から対処することで、心臓疾患や悪性腫瘍の発症を予防し寿命を延ばすことにつながると考えられます。

本研究成果は、2025年6月13日付でPNAS Nexusのオンライン版に掲載されました。
(2025年6月 23日:東北大学大学病院 糖尿病代謝・内分泌内科 特命教授 今井淳太)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)