HTC LETTER vol.02|齋藤昌利 教授 研究会レポート・NEWSTOPICS

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HTCレターでは、開催したヘルステック研究会と東北大学のヘルステックにまつわるトピックスについてお届けします。

第2回 ヘルステック研究会 レポート

第2回のHT研究会は、東北大学大学院医学系研究科 産科学・胎児病態学分野/周産期医学分野/婦人科学分野、齋藤 昌利 教授 による「人工子宮・人工胎盤の研究開発」です。

本講義では、先生の研究チームがおよそ20年弱に渡って行なっている人工子宮・人工胎盤研究の歩みについて紹介いただき、その実現によってどういったことが可能になるのか一緒に考えていきました。
(講義より一部抜粋してお届けします。)

東北大学における人工子宮・人工胎盤の研究:早産児の未来を拓く挑戦

東北大学の齋藤先生は、産婦人科医として日常診療で直面する課題を解決すべく、人工子宮・人工胎盤の研究開発に取り組んでいらっしゃいます。

日本社会が晩婚化・高齢出産に直面する中、それに伴う早産のリスク増加は喫緊の課題です。年間約3.5万~4万人の早産児が誕生し、特に妊娠22週までの胎児は積極的な治療が困難で、見送りを余儀なくされるのが現状です。

齋藤先生の研究は、この非常に小さな早産児の命を救うことを目指し、人工子宮システムの開発に注力しています。

人工子宮研究の歴史と倫理的配慮

人工子宮・人工胎盤の研究は、1957年のハーネット博士ら、1958年のウェスティン博士らによるヒツジやヒトを用いた報告に遡ります。

日本でも、1987年から東京大学の研究チームがヤギの胎仔を3週間生存させた実績があります。しかし、これらの先行研究では、電動ポンプによる血液循環が不可欠であり、胎仔に鎮静剤を投与する必要がありました。鎮静剤の長期投与は、心不全による浮腫などの副作用を引き起こす可能性があり、倫理的な課題も指摘されていました。

ポンプ不要の人工胎盤回路の開発と進歩

齋藤先生の研究チームは、これらの課題を克服するため、電動ポンプを使用せず、ヒツジの胎仔自身の心臓の力だけで血液を循環させる「ポンプ不要の人工胎盤回路」の開発に着手されました。

2007年の研究では、人工胎盤でのガス交換機能は確認できたものの、乾燥や低体温、そして胎仔循環から新生児循環への移行によるダメージが原因で、ヒツジの胎仔の生存時間は限定的でした。

この課題に対し、2010年にはヒツジの胎仔を人工羊水環境下に置くことで、約18時間の生存を達成し、大きな進歩を見せています。

さらなる小型化、感染・炎症抑制への取り組み

研究はさらに発展し、より小さなヒツジの胎仔に対応するため、回路の並列化により抵抗を半減させることに成功しました。これにより、妊娠30週相当のヒツジの胎仔を60時間生存させることが可能となりました。

しかし、研究を進める中で、感染症や炎症、肺へのダメージが新たな課題として浮上しました。この問題に対処するため、研究チームはヒツジの胎仔をより閉鎖的な人工子宮バッグに入れることで炎症を抑制し、肺炎の発生も改善されました。また、柔らかく胎仔の動きに追従する人工臍帯カテーテルを開発することで、カテーテル関連のトラブルによる脳への損傷も回避できることが示されています。

炎症下の胎仔への応用と長期生存に向けた課題

この人工子宮システムは、子宮内炎症に曝露されたヒツジの胎仔への応用も試みられています。炎症環境下の胎仔を人工子宮に移すことで、救命率と脳保護率の向上が確認されました。これは、従来の「妊娠継続が最善」という考え方に対し、炎症からの早期避難が重要である可能性を示唆しています。

しかし、2週間以上の長期生存を達成する上では、点滴による栄養補給だけではヒツジの胎仔の体重や臓器の成長が停滞し、心臓の浮腫や肝臓・腎臓機能の低下が見られることが明らかになりました。これは、生来の胎盤からの多様なサポートが不足しているためと考えられており、今後の研究課題となっています。

胎児手術への応用と未来への展望

人工子宮システムは、外科的治療への応用も期待されています。これまで出生を待つしかなかった重篤な形態異常を持つ胎児に対し、人工子宮に接続した状態で安全かつ容易に手術を行う可能性が示されました。

さらに、カテーテル手術も容易に実施できることが確認され、予後不良であった心臓疾患を持つ胎児を救う新たな道が開かれつつあります。

齋藤先生は、この技術が将来的に、先天的に子宮を持たない女性や、子宮摘出を余儀なくされた女性にとって、出産を可能にする重要な選択肢となる可能性を示唆されています。

(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)

東北大学 ヘルステックTOPICS

1. ふりかけるだけで神経シナプスを可視化 迅速かつ簡便な標識方法開発、記憶解析や疾患研究に新たな道

2024年度ヘルステックカレッジにご登壇の南後恵理子先生のトピックです。

我々の脳内で記憶の素子となるのは、神経細胞間の接続部分であるシナプスです。その機能を”見る”ことができれば、記憶のメカニズムの理解につながります。

名古屋大学未来社会創造機構、大学院工学研究科の清中 茂樹 教授、曽我 恭平 博士後期課程学生らのグループは、東北大学多元物質科学研究所の南後 恵理子 教授らのグループとの共同研究で、記憶や学習に必須な神経伝達物質受容体のAMPA型グルタミン酸受容体(以下、AMPA受容体)の可視化分子を開発しました。

脳内の情報伝達はシナプスという神経細胞間の接続部分で行われ、記憶が刻まれる際にはシナプスのつながりに強弱がつくことが知られています。その強弱に直接関係しているタンパク質として神経伝達物質受容体のAMPA受容体があります。すなわち、AMPA受容体を可視化することがシナプスの機能を”見る”ことにつながります。

本研究では、AMPA受容体を可視化するため、有機小分子ベースの可視化プローブPFQX1(AF488)の開発を行いました。PFQX1(AF488)は、培養皿上の細胞にふりかけるだけでAMPA受容体を可視化し、その標識は10秒以内に完了します。

このような簡便さと、迅速な標識可能性を持つプローブは世界初です。さらに、この特徴を利用して、神経細胞においてAMPA受容体の詳細な動態解析にも成功しました。

本成果により、今後、脳内でいつ・どこで・どのように記憶が形成されているかを明らかにする手がかりが得られるとともに、アルツハイマー病など神経疾患の早期発見や診断への応用も期待されます。

本研究成果は、2025年6月7日午前3時(日本時間)付で米国の学術雑誌『Science Advances』に掲載されました。
(2025年6月9日:多元物質科学研究所 教授 南後恵理子)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

2. 海馬と内側前頭皮質を結ぶ新たな神経回路の発見 ~記憶と感情、自律神経をつなぐ脳内ネットワーク~

嫌な記憶を思い出すと、胸が苦しくなったり冷や汗が出たりすることがあります。こうした「記憶」と「感情・自律神経」の連携は、危険を避けて生き延びるうえで重要なしくみです。

東北大学大学院生命科学研究科の大原慎也准教授らの研究グループは、記憶の中枢である海馬と、意思決定や感情の制御に関わる内側前頭皮質とをつなぐ神経回路を、最先端の神経科学的手法を用いて詳細に解析しました。

その結果、これまであまり注目されてこなかった背側海馬の後部(dcHPC)が、自律神経系や情動の制御に関与する背側脚皮質(DP)と強く結びついていることが明らかになりました。

さらに、この神経回路が多くの抑制性ニューロンに接続していることも判明し、dcHPCがDPの活動を抑制的に調整している可能性が示されました。

この発見は、記憶・感情・自律神経が脳内でどのように連動しているのかを理解するうえで、重要な手がかりとなります。

本研究結果は、2025年5月28日に北米神経科学学会による学術誌Journal of Neuroscienceに掲載されました。
(2025年6月3日:生命科学研究科 准教授 大原慎也)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

3. 健康行動を支える脳の仕組みを解明 ─ 脳の前頭極と個別化フィードバックが若者の食生活改善とウェルビーイング向上の鍵に ─

2023年度ヘルステック研究会にご登壇の細田千尋先生のトピックです。

生活習慣病の増加は社会的な課題であり、若い頃からの健康的な生活習慣が重要です。しかし、その効果が見えづらいため、健康的な食習慣を維持することは難しく、多くの人が途中で挫折してしまいます。

東北大学大学院情報科学研究科・加齢医学研究所細田千尋准教授と花王株式会社の共同研究グループは、将来の健康に向けた良い習慣を継続させる脳の仕組みに注目し、支援する方法を検討しました。

これまでの研究により、脳の前頭極という部位が、近い将来に向けた行動の維持(GRIT)に関連することは示唆されていましたが、遠い将来の健康目標に対する行動継続への関与の詳細は不明でした。

そこで前頭極の構造と健康行動の持続力との関連を調べるとともに、各個人に合わせた個別化フィードバックによる食習慣改善の後押しが可能かを検証しました。

その結果、個別化フィードバックが長期的な健康行動の維持とウェルビーイングの向上に有効であることを実証するとともに、前頭極の脳構造が行動維持能力に関与することを明らかにしました。

本成果は2025年5月2日付で科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
(2025年5月 21日:大学院情報科学研究科 准教授 細田 千尋)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)