講義テーマ:骨格筋は質が大事 ―量から質への意識転換―
老化とともに筋量と筋力が低下する「サルコペニア」の診断ガイドラインが近年、世界各国で作られ、骨格筋量の評価は重要であるものの筋量だけでは予測には不十分であり、筋の質も同時に評価することが必要であるということが最新の研究で明らかになりつつある。骨格筋内組織の変性を評価する試みも多く行われ、中高年者の筋力トレーニングの効果検証などで骨格筋の質が改善されていることなどが推測され、本授業では、筋の質に着目することの重要性を講義する。
20205年度の東北大学ヘルステックカレッジ 第4回ヘルステック研究会にご登壇いただく、東北大学大学院医工学研究科 スポーツ健康科学分野 教授の山田 陽介先生にお話しを伺いました。

経歴と研究留学、スポーツとの関わり
大学受験当時、理系のノーベル賞受賞者が京都大学出身者に多かったことや、誰もやっていないテーマを自由に研究する風土があることから、京都大学に魅力を感じ進学しました。
卒業後は、全米でもカレッジスポーツが盛んなことでも知られるウィスコンシン大学マディソン校にて、また帰国後は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所などの研究機関などで、筋肉や代謝、身体活動に関する様々な研究に従事しました。
その間、大学から十数年間にかけてラクロス選手として汗を流す一方、ラクロス日本代表のコーチやトレーナー、国際審判などを務めてきました。
これらの経験は、現在、東北大学で行っている筋肉の質や量を測る研究や、高齢期、中高年を対象とした筋肉の維持に関する研究に活かされていると思います。
水分摂取と健康に関する研究
多くの栄養素がある中で、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」を5年ごとに改訂、報告していますが、現状「水」の摂取量には明確な基準がなく、健康指導の根拠が曖昧になっています。
特に気候変動や高齢化社会においては、適切な水分摂取が生活の質(QOL)に直結する重要課題とされているため、最近では水分摂取と代謝の重要性に関する研究も行っています。
水分含有量が少ない食品中心の食生活では、意識的に水を取らないと脱水リスクが高まります。一方、米や野菜中心の食事は自然と多くの水を含むため、水分摂取に有利となります。食事パターンによっても個人差が大きいのですが、ある程度の目安が示されるようになると良いですね。
筋肉の質と水分、生体電気インピーダンス法の技術
その「水」から、私の研究室では「骨格筋の質を定量化する方法の開発」に成功しています。老化とともに筋量と筋力が低下することはサルコペニアと定義され、近年その診断ガイドラインが世界各国で作られています。骨格筋量の評価は、骨格筋量と骨格筋の質も同時に評価することが必要であることが近年の研究で明らかになりつつあります。
骨格筋の質を評価する方法は、MRIやCT画像から計測が可能ですが、臨床現場で容易に計測できません。そこで、生体電気インピーダンス法から得られる位相角の情報、生体電気インピーダンス分光法といった装置から得られる多数の電気パラメータが、骨格筋の質に関連していることが明らかになりつつあります。
骨格筋の質は、細胞の密度が多く、筋肉が縮むときにしっかりと伝達されて繋がっている状態でわかります。これを、細胞外の水分バランスや水の動きを可視化することで計測し、筋肉の健康度を評価することが可能となりました。
また、超音波画像の筋輝度を用いて、骨格筋内組織の変性を評価する試みも多く行われています。これらを用いて中高年者の筋力トレーニングの効果検証を行うと、骨格筋の質が改善されていることなどが推測されます。
「良かれと思って…」健康にはむしろ逆効果
一般的に健康に良いと考えられていたことが、近年の研究において、むしろ逆効果であることが分かってきています。
例えば、歩数と代謝を考えたときに思い浮かぶ「1日1万歩」の目標は有名ですが、必ずしもそれが理想ではありません。ある一定の歩数で健康効果は頭打ちになると言われています。代謝を考えた場合、二足歩行よりももっと基礎代謝や総エネルギー消費に与える影響が大きく、太りにくい体作りに貢献する方法が判明しています。
また、筋肉でいうと「量」だけではなく、「発揮できる力」=固有筋力が重要になります。例えば、マッチョでも発揮できる力がなければ意味がないですし、肥満者は筋肉量が多いが力が出せないケースもあります。また、肥満状態のまま高齢になると、加齢により筋肉だけが減少し、脂肪が残る「サルコペニア肥満」になるリスクが高くなります。
メディアでも紹介する機会がありましたが、お腹一杯に食事をとらず「腹八分目」を守り、急激に体重を増やさないことが、後々の健康リスクを避ける鍵になると考えています。高齢期に向けての筋肉維持と食習慣の見直しが、フレイル予防と健康寿命延伸のカギであることも含め、本講義でも紹介したいと思います。
今後の研究と企業連携の展望
現在は、飲料メーカーとの共同研究も進行中ですが、今後さまざまな企業とも連携の可能性を模索しています。とりわけ、水や代謝に関する研究成果は、スポーツ選手のコンディショニングや高齢者の健康管理など幅広い応用が期待されています。
特に「筋肉の質の定量化」は、健康やスポーツ分野での新たな指標として注目されており、今後の産業連携の中核となる可能性があると考えられます。
ご紹介は以上になります。
2025年度ヘルステック研究会は、各回のお申し込みも可能です。山田先生がご登壇される第4回ヘルステック研究会への参加ご希望の方は、以下ボタンのリンク先フォームより申し込みください。
