HTCレターでは、東北大学のヘルステックにまつわるトピックスと、開催したヘルステック研究会についてお届けします。
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 環境中の二酸化炭素は確かに眠気を誘発する
換気が悪く混み合った屋内や車内では、しばしば眠気に襲われます。この日中の眠気は、二酸化炭素濃度が高くなったことが原因とされていますが、これまで科学的に妥当な証拠は報告されていませんでした。
この要因としては、従来の報告では、主観的な評価方法によって日中の眠気が測定されていたこと、客観的な指標と考えられていた脳波の変化が、眠気に関係なく二酸化炭素の影響を受けてしまっていたことなどが考えられました。
東北大学大学院医工学研究科の稲田 仁 特任准教授(現:国立精神・神経医療研究センター研究員)と永富 良一 教授(現:産学連携機構)らの研究チームは、二酸化炭素が眠気を引き起こしている確かな証拠が得られたことを報告しました。
同研究チームは、睡眠障害の検査に臨床的に使用されている睡眠潜時反復検査を客観的な眠気測定方法として、日中の眠気の測定に使用しました。その結果、日中に2時間毎に4回行われる、各30分の検査中に5,000 ppmという比較的高い二酸化炭素濃度にさらされると、日中の眠気が顕著に強くなることが示されました。
また同様に、主観的な眠気も強くなることが示されました。本研究の結果は、日中の眠気に対する二酸化炭素の効果について最終的な結論となるものであり、各法令における二酸化炭素濃度基準についての科学的に妥当な根拠を提供するものです。
本研究成果は、2024年8月19日に国際科学誌Environmental Researchに掲載されました。(2024年9月 3日:産学連携機構 イノベーション戦略推進センター 特任教授 永富良一)
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2. 産後うつの生じ易さを左右する遺伝子座を特定
日本では約15%の妊産婦が産後うつの状態を呈すると試算されます。しかし、その高い有病率と母子に及ぼす深刻な影響にもかかわらず、その基盤となる生物学的特性についてはほとんど知られていません。近年、うつ病をはじめとする様々な精神疾患の罹患感受性に関連する遺伝子座が報告されていますが、産後うつと有意に関連する遺伝子座を同定した研究はありませんでした。
東北大学と名古屋大学の研究グループは、東北メディカル・メガバンク計画による三世代コホート調査および名古屋大学において登録された周産期女性を調査対象として、産後うつに関連する遺伝子座を明らかにするためのGWASを実施しました。
まず、産後うつのGWASに最も影響の大きい交絡因子として、出産回数、および、同居する家族の人数を特定しました。基本的属性である年齢とともに、この2つの要因を交絡因子として調整した上で、産後うつに相関するゲノム多型を特定するためのGWASを実施しました。
その結果、産後うつに有意に相関する8つの遺伝子座を特定しました。これらの遺伝子座は、他の精神疾患との関連が報告されており、産後うつの罹患リスクと他の精神疾患の罹患リスクの共通性が示唆されました。
これらの知見は、今後、産後うつの病因解明を進める上で有力な手掛かりとなり、産後うつのリスク評価に基づいた対策の検討にも繋がることが期待されます。
本成果は 2024年9月18日(日本時間)に精神医学分野の専門誌 Psychiatry and Clinical Neurosciences に掲載されました。(2024年9月19日:東北メディカル・メガバンク機構 災害精神医学分野 教授 富田 博秋)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3. 「好奇心」によって性能を改善した対話型AIを開発 – 次世代タスク指向対話システムの高度化に貢献 –
ChatGPTなどに代表される、自然言語を使う対話型AI技術は、ここ数年で劇的に発展し、チャットボットをはじめとした様々なシステムに活用されるなど、日常のタスクの自動化や効率化が進んでいます。しかし、現状の対話型AIは、タスク達成に不要な質問をしてしまうなど、必ずしもタスク達成の効率が十分ではありませんでした。
東北大学大学院工学研究科の牛雪澄大学院生と伊藤彰則教授らの研究チームは、映画のチケット予約などのタスクを効率的に行うための新しい対話システムを開発しました。このシステムは、AIがユーザと対話しながら、適切な行動を学習する技術を使っています。
対話システムが適切に行動するためのシステム開発手法に、将棋や囲碁のAIにも使われている強化学習があります。今回の研究では、強化学習に「好奇心駆動型の探索方法」を導入しました。さらに、強化学習を行うAIエージェントを複数競合させ、もっとも適切に振る舞うことのできたエージェントを選別することで、対話によるタスク達成の成功率を向上させ、また達成までの対話回数を減らすことに成功しました。
本研究の内容は、9月17日に、米国電気電子学会(IEEE)の学術誌「IEEE Access」に掲載されました。(2024年10月15日:大学院工学研究科 教授 伊藤彰則)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
第7回 ヘルステック研究会 レポート
第7回のHT研究会は、東北大学大学院文学研究科・文学部 総合人間学専攻 心理言語人間学講座 心理学分野、お茶の水女子大 基幹研究院 人間科学系、大森 美香 教授による 「行動変容をめざした健康心理学のアプローチ」です。(以下講義より引用)
はじめに
大森と申します。ご紹介いただきましたように東北大学とお茶の水女子大学にクロスアポイントメントという形で所属しております。ちょっと珍しい形でのアポイントメントになろうかと思います。
私は、心理学が専門ですが、その中でも「健康心理学」という領域を専門にしております。おそらく「健康心理学って何なんだろう」と思われた方も多いと思います。まずはじめに、その成り立ちと背景についてお話しさせていただきたいと思います。
昨今、行動変容という言葉をよく聞かれると思いますが、それについて心理学的な観点からお話をさせていただきます。それから先ほどご紹介がありましたように、私はビジョン トゥ コネクトの課題4で研究を進めさせていただいております。その中で緑内障の予防であるとか、治療のためのアドヒアランスにどういった心理的な要因が関わってくるのかというようなことを研究しております。その研究内容につきまして、少し紹介させていただくという流れで進めさせていただきたいと思います。
最後に質問の時間が設けられておりますので、ぜひいろいろな質問・コメントをお寄せいただけましたら、これからの研究にも役立つと思いますので、何卒よろしくお願い致します。
(以下より簡単な概要)
健康心理学の背景と成り立ち
健康に関する考え方の変化、疾病構造の変化、保健医療制度からの要請が主な背景として挙げられました。WHOの健康定義や疾病構造の変化、国民医療費の問題などが詳しく説明されました。
行動変容の理論と課題
情報提供だけでは行動変容に結びつかないこと、リスク認知の個人差、楽観バイアスの存在などについて説明されました。健康信念モデルや行動変容の車輪モデルなど、様々な理論的枠組みが紹介されました。
メッセージフレーミングの効果
フレーミングという考え方について紹介していただきました。利得フレームと損失フレームの違い、それぞれの効果的な使用場面について解説されました。健康促進行動には利得フレームが、リスクの高い行動の抑制には損失フレームが有効であることが示されました。
緑内障治療のアドヒアランスに関する研究
オンラインパネル調査を用いて、初期から中期の緑内障患者を対象に調査を行いました。障壁の認知と社会的規範がアドヒアランスに大きく影響することが明らかになりました。また、性別による違いも示されました。
効果的な行動変容のための今後の課題
有効なツールやシステムの開発、行動変容促進のための制度の必要性が提起されました。また、お茶の水女子大学での研究活動や、生活習慣病や発達障害に関する冊子の紹介もありました。
ヒューマンライフイノベーション開発研究機構 Q&Aシリーズ
大森先生はお茶の水女子大学の人間発達科学研究教育科研究所の所長をされています。ヒューマンライス サイエンス研究所とともに、人間発達と心の健康維持を支える社会環境の整備等に関する研究をされています。
ヒューマンライフイノベーション開発研究機構では、同機構に属するヒューマンライフイノベーション研究所と人間発達教育科学研究所の研究成果を広く社会に発信するため、教育コンテンツの作成をミッションとしています。そのひとつとして、教育に関わる広範囲な読者の方々を想定した“Q&Aシリーズ”を作成されました。3つのコアテーマ「生活習慣病」「発達障害」「感染症・炎症」について、Questionとそれに対するAnswerという構成のブックレットを作成されています。最新の知見や情報についてわかりやすくまとめられています。
【ヒューマンライフイノベーション開発研究機構 Q&Aシリーズ】
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)