HTCレターでは、東北大学のヘルステックにまつわるトピックスと、開催したヘルステック研究会についてお届けします。
東北大学 ヘルステックTOPICS
1. 子供時代のソーシャルキャピタルが成人期のウェルビーイングの鍵 ー幼児期の社会的つながりの重要性ー
親子関係の質や親の関与が、子どもの社会的、感情的、および認知的発達に与える影響は指摘されてきましたが、家族に限定されない、子ども時代のソーシャルキャピタル(SC)との関係性については十分に研究されていませんでした。東北大学大学院情報科学研究科(兼)加齢医学研究所の細田千尋准教授のグループは、幼少期の親と過ごした時間、及び、ソーシャルキャピタルと、成人期のウェルビーイングの関連性を調べるため、大学生292名を対象に、幼少期の父親・母親・親以外の信頼できる大人との関わりと、現在の幸福度及び認知機能について調査を行いました。
その結果、子ども時代のSCと成人期の主観的幸福感(ポジティブ感情)には有意な正の相関があることが明らかになりました。また子供時代の母親の関与は成人期の認知機能(Raven’s advanced progressive matrixによる知能)と関連していることが示唆されました。本成果は、社会的、感情的、および認知的発達の過程の中で、親に加えて、親以外の信頼ができる人との繋がりを持っていることの重要性を示すものです。
本研究成果は7月25日、心理学分野の専門誌Frontiers in Psychology にてオンライン公開されました。
(2024年8月 5日:大学院情報科学研究科 学習心理情報学分野 准教授 細田千尋)
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2. タンパク質を超高感度で検出する新技術を開発 ~早期病態発見を可能にする未来医療への貢献に期待~
北海道大学電子科学研究所(東北大学多元物質科学研究所兼務)の三友秀之准教授、居城邦治教授、同大学大学院生命科学院博士後期課程の高 天旭氏らの研究グループは、タンパク質を超高感度で検出する新技術を開発しました。
ナノメートルサイズの金属構造体を利用して、物質の化学構造に特有のシグナルであるラマン散乱1を増強し、分子を同定する手法は表面増強ラマン散乱2法として知られています。この方法では、金属ナノ構造体のナノサイズの狭い隙間に入り込んだ分子から発生するシグナルが最も強く、これによって微量分子の高感度検出が可能になります。しかし、従来の技術では、サイズが大きなタンパク質のような生体高分子を狭い隙間に効率的に導入することが困難でした。
本研究で新たに開発したGFT(ゲルフィルタートラップ)法は、ゲルが膨潤するときに外部から水を吸収する力を利用してタンパク質をゲルの表面に誘導し、ゲルの網目構造によってゲルの表面にタンパク質を捕捉します。この方法を三角形プレート状金ナノ粒子の集合体を載せたゲルに適用すると、粒子の間隙にタンパク質が効率良く導入され、超高感度での検出が可能になりました。このブレークスルーは、特に医療応用において、1滴以下の体液から様々な生体高分子を簡便に検出するシステムの開発に寄与し、生体センシング技術の分野における大きな進展が期待されます。
なお、本研究成果は、2024年8月2日(金)公開のACS Nano誌に掲載されました。また、今回の研究成果が高く評価され、本研究が掲載誌の表紙に選出されました。
(2024年8月21日:多元物質科学研究所 准教授 三友秀之)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
3. 緑茶のカテキン成分EGCGは歯周病関連細菌に対して強い抗菌効果を示す
歯周病はう蝕と並んで歯科の二大疾患と言われ、歯を失う大きな原因の1つです。その歯周病を引き起こす病因の1つとされるのがプラーク細菌です。
東北大学大学院歯学研究科口腔生化学分野の髙橋信博教授、鷲尾純平准教授、安彦友希助教、樋口真由大学院生らの研究グループは、緑茶のカテキン成分の一種であるエピガロカテキン-3-ガレート(EGCG)が、主要な歯周病関連 細菌であるPorphyromonas gingivalis、Prevotella intermedia、Prevotella nigrescens、Fusobacterium nucleatum、Fusobacterium periodontiumの代謝を抑制することで、増殖抑制と死滅を誘導することを明らかにしました。さらに、これらの歯周病関連細菌はう蝕関連細菌であるStreptococcus mutansよりもEGCGに対する感受性が高く、低濃度のEGCGでも効果があることが分かりました。本成果は歯周病予防および良好な口腔環境維持のための新規開発に貢献できる可能性があり、さらに詳細な研究や臨床研究を通じてその実現が期待されます。
本研究成果は2024年7月31日に学術誌Archives of Oral Biologyでオンライン公開されました。
(2024年8月21日:歯学研究科口腔生化学分野 教授 髙橋信博)
詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)
第6回 ヘルステック研究会 レポート
第6回のHT研究会は、東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長、東北大学 加齢医学研究科 教授、株式会社CogSmart 代表取締役・CSO、瀧 靖之 教授による 「生涯健康脳と認知症予防」です。(以下講義より引用)
はじめに
スマート・エイジング学際重点研究センター並びに加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野の瀧と申します。今日は私たちの研究テーマの最も中心となる脳の健康維持、それから将来の認知症予防というところで、主に私たちの研究成果と、一部ですが世界の同じような動向の研究も絡めまして、何が私たちにとって脳の健康に重要なのか、どういう生活習慣が大事なのか、そして何が将来の認知症リスクを下げるのか、というところを分かりやすくお話します。
あわせてこの分野の現状の社会課題は何か、そしてその解決した未来は何か、今の研究の進捗や動向とそのまとめ、さらには将来の計画展望というところを端的にお話ししたいと思います。いくつか機微な情報もありますので録音録画は避けてください。よろしくお願いします。
研究の背景にある社会課題・技術課題
研究の背景にある社会課題・技術課題はシンプルです。認知症が国難である現状で、例えば認知症がもたらすこの日本の負担は、医療費・介護費そしてインフォーマルケアコストといいまして、家族などの無償介護によって失われるその労働時間の金銭換算などをすると、一年間に約15兆円以上17兆円程度ということが言われています。日本の国家規模から考えると非常に大きな負担になっているということが分かります。
それから当然ですが個人に対する負担も大きいです。日本は先進国かつ超高齢社会であり、中でも平均寿命は非常に長いと言われています。他方で、一人で自立した生活が送れる期間、いわゆる健康寿命をみていきますと、平均寿命と健康寿命の間に約10年程度の乖離があります。つまり平たい言い方をすると日本人の約2人に1人は天寿を全うする約10年ぐらい前から一人での生活が難しくなるということが言えるかと思います。この要介護認定の原因の一位が認知症です。ということはこれをいかに抑えるかというのが非常に重要になります。
我々メディカルドクターの立場からは、当然その疾患の治療(=3次予防)、疾患の増悪を防ぐ。これも当然医療従事者としては大事ですが、この一つ手前の段階、いろんな疾患を早期に見つけて早期に介入あるいは治療する、早期発見早期介入を2次予防といいます。
もっと重要なことは何かといいますと当然ながら1次予防でして、疾患の発症を未然に防ぐことを1次予防といいます。3次予防は我々メディカルドクターをはじめとする医療従事者でありますけども、2次予防そしてできれば1次予防、そのようにした方が当然ながら医療医介護費などの上昇も抑えられる。
ということで私たちがまさに社会課題として考えているのは、この認知症における国や個人の負担をいかに減らすか、そしてそのために3次予防より2次予防、2次予防より1次予防つまり発症予防、これが私たちの目指す方向でありそもそもの社会課題になります。
そしてその研究成果のもたらす未来という部分でお話をしますと、認知症はどういう原因でなるのか、今いろいろ分かってきています。例えば遺伝要因。これはもう致し方ないことです。これはある程度あります。それ以外にも子どものころの学歴というのもありますが、現状で私たちが変えられるものとして分かっているだけでも、例えば肥満や動脈硬化性の疾患、鬱、などいろいろなものが関与しているということが分かります。
他にもまだまだ要因があるともいわれていますが、そういうものを見つけたり、すでに分かっているものをいかに生活に取り込んで、それをみんなで予防できる形にするか。端的に言いますと、運動が脳にいいことは一般に知られていることですが、分かっているけど運動は嫌いだからできない。喫煙される方は、喫煙が肺がんなどのがんのリスクが高いことも分かっているけどやめられない。自分は肺がんで死ぬからいいと、開き直っているような方々もいらっしゃると聞きますが、それではご本人はもちろん国にとってもよくない。では、いかにこういうものを行動変容など起こして解決していくか、そういうところも含めて認知症のリスク要因を明らかにする。そして生活習慣によってそれをどう改善したかということを行動変容理論など、様々なものを用いて生涯健康脳の実現を目指す。これが私たちの目指す方向です。
現状の問題点と将来目指したい方向
今の問題点、それから将来目指したい方向は、非常にシンプルです。誰でも、もう小学生でも思いつくような話だと思います。ではどうやってこれを解決するのかを問うのが非常に難しいです。
先ほども言いましたように3次予防つまり疾病の増悪を防ぐ、この3次予防よりは2次予防、早期発見早期介入です。そして2次予防よりは1次予防つまり疾病の発症をそもそも防ぐ。そのためにはどうしたらいいかというと、これはもうシンプルです。非常に多くのデータを集めて一人一人の、例えば脳の場合でしたら脳の画像、MRIの脳の形とか機能、血流などの画像、そこに生活習慣とか認知機能、考えて判断したこと、記憶する力、さらには遺伝子の情報などを集めまして、どういう遺伝要因か、どういう生活習慣で将来どういう疾病のリスクは上がるか下がるかということを行う。
非常にビジーなスライドで恐縮ですが、見ていただきたいのは非常に多くのこういったデータベースがあります。こういうものを駆使して、様々な疾病の一次予防を目指す、これを行うことが重要です。ですので、このデータベースが非常に大事になります。
赤で囲ってあるところは、私たちが2000年初頭から作り上げた脳の画像のデータベースです。当時はまだ世界に3つ4つ、UCLAやデュッセルドルフなど世界の一部のところでしか、こういう脳画像のデータベースが作られていなかったときに、私たちは日本どころかアジアに先駆けて作ったデータベースは、今でも非常に重要な役割を担っています。
これはネイチャーという、インパクトファクターが非常に高い雑誌に、共著として出した論文なんですけれども今非常に多くのデータベースがあるということがこれで分かります。(『brain charts for the human lifespan nature 2022』)
こういうものを使って様々な解析を行っています。私たちの東北大学 加齢医学研究所のデータベースを少しだけ見ますと、5歳から80歳以上の方までの脳の画像のデータベースがありまして、ある時点における被検者さんのデータと、それぞれの方がどう変わっていったかという縦断データがあります。この縦断データこそが世界的には非常に貴重ですが、この脳のデータベースに生活習慣とか、データによっては遺伝要因とか、様々なデータを組み合わせて作っております。これを行うことで認知症の一次予防、脳の健康維持、生涯にわたる健康な脳の維持はどうしたらいいかというのが見えてきます。
どのようにデータベースを解析するのか
では今度は脳画像を中心に、それをどうするかという話を参考までにお伝えします。例えば皆様方が、脳ドックなどで脳のMRIを撮ったとします。その画像を、3次元収集であることが条件ではありますが、様々なアプリケーションプログラムを用いて、例えば自動的に灰白質と白質を分けて瞬時かつ容易に体積をに出すことができます。
それ以外にもさらに複雑な解析をすると、脳のどの領域がどういう要因とどの程度統計学的に有意に相関するか。例えば加齢によって脳はどこが有意に委縮するか、タバコを吸うことで脳のどの領域が萎縮するのか、というような研究ができます。
さらにコマンド打ったりなどすると、脳のそれぞれのところに皮質の厚みが見えてきます。脳の何万箇所にも及ぶ、様々な領域の灰白質の体積や皮質の厚みをプロットすることにより、脳のどの領域がどの程度、統計学的に有意に相関するかというのが様々な形で見えてきます。認知症の一次予防、脳の健康維持という観点から行くと、脳のMRI画像を用いて解析を行って脳内の各領域の体積などをスカラー値として出します。そこと様々な要因との相関を、三次元的にすべての領域で解析をするという流れによっていろいろなことを解析します。
ここまでですと「一体何をやっているんだ」ということになると思いますので、もう少しわかりやすい形で解説いたします。例えば、加齢とともに脳はどのように変化するのかというお話をします。この右肩下がりに下がっているグラフは頭蓋内における灰白質と呼ばれる神経細胞が集まっている領域の体積を表します。これは20代から80代までをプロットしてますけども、ご覧の通り20代から灰白質はどんどん萎縮しています。(後略)
(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)