HTC LETTER vol.03|NEWSTOPICS・南後 恵理子 教授 研究会レポート

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HTCレターでは、東北大学のヘルステックにまつわるトピックスと、開催したヘルステック研究会についてお届けします。

東北大学 ヘルステックTOPICS

1. BMI×ゲノムで2型糖尿病の遺伝的リスク予測精度を向上 〜やせているのに糖尿病になりやすい体質〜

       図1:本研究の概要

大阪大学大学院医学系研究科の小嶋崇史さん(遺伝統計学 博士課程/東北大学大学院医学系研究科AIフロンティア新医療創生分野 特別研究学生/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム 研修生/理化学研究所革新知能統合研究センター遺伝統計学チーム 研修生)、岡田随象教授(遺伝統計学/東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)、東京大学大学院医学系研究科の山内敏正教授、門脇孝東京大学名誉教授、東北大学東北メディカル・メガバンク機構の田宮元教授(理化学研究所革新知能統合研究センター遺伝統計学チーム チームリーダー)らの共同研究グループは、体格指数(BMI)を使用することで2型糖尿病の遺伝的リスク予測精度が向上することを発見しました(図1)。

さらに、集団間の遺伝的な違いを補正できる機械学習手法を組み合わせることで、欧米人集団の豊富なゲノム情報を活用して、日本人集団に対する予測精度のさらなる向上を実現しました。 また、ゲノム解析により、2型糖尿病になりやすい遺伝的体質に関わるメカニズムを明らかにしました。

ゲノム全体の遺伝子変異から算出した2型糖尿病のポリジェニック・リスク・スコア(polygenic risk score;PRS)※1は、発症予測や予防に役立つ手段として臨床応用が期待されています。しかし、2型糖尿病が不均一な疾患であることや、ゲノム情報が多く集積している欧米人集団との遺伝的な違いによって、本邦における将来的なゲノム医療の質が低くなることが危惧されています。

今回の研究成果は、2型糖尿病の遺伝的リスク予測制度を向上するとともに、将来的に、糖尿病予防や合併症予防といった個別化医療へ貢献することが期待されます。

この成果は、2024年6月11日(火)18時(日本時間)に米国科学雑誌Nature Geneticsにオンライン掲載されました。

【用語解説】
※1 ポリジェニック・リスク・スコア(polygenic risk score;PRS)
ヒトゲノム配列上に存在する数百万カ所の遺伝子変異のうち、疾患との関連が示唆された数十〜数十万の遺伝子変異について、効果量の重み付きの和を個人ごとに計算したスコア。このスコアは実際の疾患発症リスクと相関することが示されており、スコアを計算することで疾患にかかりやすい遺伝的体質を持っているかどうか調べることができる。

(2024年6月12日:東北メディカル・メガバンク機構ゲノム遺伝統計学分野 教授 田宮元)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

2. 生きた細胞内のタンパク質シグナルを光と特殊な分子で自在に操作する技術 ~マイトファジーの分子機構の理解に貢献~

顕微鏡で観察しながら、光を当てて生体分子や細胞の機能を操作する技術は、生命や疾患の仕組みを理解するための革新技術として大きな注目を集めています。

東北大学多元物質科学研究所の小和田俊行准教授、水上進教授らの研究グループは、日本医科大学先端医学研究所の山本林教授らとの共同研究で、光で色や構造が変化するフォトクロミック化合物と呼ばれる分子を用いて、生きた細胞内の蛋白質の局在を迅速かつ定量的に操作する技術を開発し、マイトファジーの分子機構の解明のために応用しました。

本研究成果は、パーキンソン病などの神経変性疾患をはじめとする様々な疾患の機構解明につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年6月18日18時(日本時間)に、科学誌Nature Chemical Biologyにオンライン公開されました。

(2024年6月19日:多元物質科学研究所 教授 水上進)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

3. 死細胞が老化を抑える物質を分泌!―フェロトーシス細胞からの抗老化シグナルを発見―

老化を抑える鍵は細胞死にありました。フェロトーシスは2012年に報告された鉄依存性の細胞死のことで、生体内でがん細胞の除去機構として働くと考えられています。しかし、フェロトーシスの生体内での有意義な役割はがんを抑制すること以外、明らかにされていませんでした。

東北大学大学院医学系研究科生物化学分野の西澤弘成非常勤講師、五十嵐和彦教授らの研究グループは、フェロトーシス細胞から、老化を抑える物質であるFGF21が分泌されることを発見しました。さらに、このFGF21によって、細胞の老化性変化やマウスの肥満、短命といった老化に関連する特徴が抑えられていることを突き止めました。

本研究は細胞死による老化の抑制という新たな概念を提唱するもので、肥満に加えて、糖尿病や認知症などの老化関連疾患の治療開発につながることが期待されます。

本研究の成果は、2024年6月27日に国際学術誌Cell Reportsに掲載されました。概要はYouTubeの医学系研究科生物化学分野チャンネル細胞死(フェロトーシス)の抗老化作用を発見」でもご覧いただけます 。

(2024年7月 1日:大学院医学系研究科生物化学分野 教授 五十嵐和彦 非常勤講師 西澤弘成)

詳細はこちらから(東北大学WEBサイト該当記事へ移動します)

第3回 ヘルステック研究会 レポート

第3回のHTC研究会は、東北大学 多元物質科学研究所 有機・生命科学研究部門、東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター、特定国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター チームリーダー、南後 恵理子 教授による 「次世代放射光NanoTerasuが拓く創薬研究」です。(以下講義より引用)

はじめに

今日は「次世代放射光Nano Terasuが拓く創薬研究」というタイトルなのですが、創薬だけでなく幅広くご紹介できたらと思います。

画面に見えます円盤のような物体、これがナノテラスになります。東北大学青葉山新キャンパスに設立された次世代放射光施設になります。この写真は、放射光関係者にとっては非常に珍しい写真になります。今までの放射光施設は人里離れた場所に作られることが多かったのですが、ナノテラスは近代的な都市と非常に近いところに作られたことが珍しく、利便性が高いことで期待されています。

そのナノテラスでどんなことができるのか? 今日はそんな話をしていきたいと思います。

自己紹介

最初に私の自己紹介をさせていただきます。私はもともと理学部化学科の出身で、当時は天然物化学という分野におりました。東京工業大学で学生から助教まで務めたのですが、天然物化学という分野は微生物が作り出す天然有機化合物を研究する分野でして、皆さまにもなじみ深いで、例えば抗生物質も一つの天然有機化合物になります。

それらは非常に複雑な構造を持っていますが、こういうものが微生物の中でどのように作られているのかというのが当時の私の研究テーマでした。そのうちに、そういった化合物を作り出すたんぱく質の一つの酵素を調べているうちに、複雑な化合物を作り出す酵素の仕組みや反応を見たいというところに興味が移りました。この時パーマネントの助教でしたが、若気の至りで辞めましてポスドクになってSPring-8に移りました。

2010年からは、新しく開発してみたいということで構造生物学という分野に移りました。構造生物学というのは、今日の講演の中でもご紹介しますけれども、たんぱく質の構造を原子レベルで解いて、その構造からその仕組みを深く理解するという分野になります。

以上のように二つの研究分野が主な専門になりますが、本日は自分のメインテーマではなく、ナノテラスにフォーカスしながら、一部自分の研究も紹介します。

放射光施設のニーズ

「観る」「識る」「創る」という言葉が、文部科学省サイトの量子ビームのページに載っています。この言葉は結構好きでよく使いますが、放射光というのは、観て、識って、そのあと創りだすということに、非常に貢献しているものなんですね。

みなさまの周りには、非常にいろんな物質・物体があふれています。先ほど申し上げた医薬品も物質ですし、ボールペンなどの手にしてるものすべて物体ですけれども、こういった”ものづくり”というのは実際にどういった性質も持っているか、よく知ることで新しい製品開発につながります。

ではこういったものをどうやって見るのか。我々の眼で見るだけでは限界があります。可視光というのは500ナノメートルや707ナノメートルといった波長をもっていまして、その波長で見る限り、それより小さいものを見ることはできません。波長が短くないと小さいものをちゃんと見ることができないということです。波長が短くなってくると小さいものも捉えることができます。

可視光で物質を人間の眼で見るには限界があって、やはり特殊なものを使う必要があります。それが顕微鏡であったり、X線放射光といわれるような施設を使うことになります。

物体の大きさですが、人間の大きさを約2メートルとしますと我々の心臓がその約1/10で、その中に含まれる細胞が1/20000の大きさになってきます。細胞になると目で見ることも難しいです。顕微鏡を使うと10μm見えますが、細胞の中の原子となると可視光の顕微鏡では難しく、X線などを使う必要があります。細かいところまで見るには波長の短い光が必要で、そこでX線が出てくるわけです。

そうした短い波長の光を提供する放射光施設というのは世界各国で作られ、特に学術の世界で使われてきましたが、企業の皆さまにも使われており、今世界で約50か所あるといわれています。日本は、非常に放射光が強い国の一つでして、こんなに狭い国にたくさんの放射光が作られています。最も大きな施設といわれるのがSPring-8になり、兵庫県播磨科学公園都市にあります。

続いて第2番目の規模の放射光施設がナノテラスで、仙台に作られました。東日本にはフォトンファクトリーしかなかったのですが、こちらは運転開始から40年以上の長い時を経ております。今回、東日本にこのような新しい放射光ができて、非常に期待が高まっています。

放射光での研究例

今までこのような放射光を使って、例えばタイヤの素材を可視化したり、インフルエンザの治療薬や燃料電池など、様々なものを観察してモノづくりに活かされてきました。

一つ研究例として挙げたいのが、インフルエンザ治療薬の医薬品設計で、タンパク質構造に基づいた設計で初めて作られた医薬品になります。

タンパク質細胞からインフルエンザウイルス放出に関わるノイラミニダーゼというたんぱくが知られております。実際は20種類のアミノ酸が連なった高分子の形をしています。すべての原子を表示すると非常に込み合ってしまうので、われわれの専門分野では表面だけをきれいなリボン状で描きます。Cα原子の合間の中心のところだけを線で結んでいったのが、このたんぱく質の構造になります。一つ一つ別ではない、同じ分子が4つくっついて機能しています。

このたんぱく質の機能を停止するとインフルエンザウイルスが増えないことが知られており、その機能を停止するためにいろいろな薬剤が開発されました。実際に開発された抗ウイルス薬「ザナミビル」とノイラミニダーゼの結合を結晶化して、放射光で観察して三次構造をとらえたのがこの図になります。

それぞれの原子は表面だけを表示していますが、黄色いのがザナミビルで周りの白っぽいのがノイラミニダーゼというたんぱく質になります。ポケットに抗ウイルス薬がぴったりとはまっていて機能しなくなっています。このように、医薬品の設計ということに放射光が貢献しました。今日は今話した内容なども含めてこの後もう少し詳しく話をしていきたいなと思っています。

(全講義はヘルステックカレッジの参加でご覧いただけます)

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